endroll

 

俺のこの気持ちも、そうやって丸めてポイッとゴミ箱へ投げ捨ててくれやしないか。そんなものはいらないと、そんなものは必要ないと、そう言ってくれないか。
消えない情と、増えていく欲に侵されて、ただただ苦しいから。
どうにかしてくれ、その濃艶な声で。「やめろ」と言ってくれるだけでいいから。

「どうしよう。鼻水が止まらない」
そう言って、愛染が鼻を赤くしている。先ほどからティッシュが山のように消費されていくのをボンヤリと眺める。ズビズビと静かに鼻をかみながら、「ああ」とか「うう」とか言葉にならない声を出す様子がいつもの気取った姿とはかけ離れていて、俺を満足させる。
「やっぱりこんな時間に見るんじゃなかった。明日にすればよかった」
「返却日が明日だって、お前が言ったんだろ」
愛染が気まぐれに借りてきたDVDは、何故か悲恋ものだった。嫌がる俺を抑え込んで、役作りにも役立つとかなんとか丸め込んで、一緒に見ようよと縋って、それで俺が折れたのが2時間前。阿修に引っ張られて訳の分からないホラーを見るよりは、いくらかマシだとはいえ、好きだとか嫌いだとかうだうだという恋愛ものは退屈で仕方がなかった。恋ほど時間を無駄に使う感情を俺は他に知らない。
つまらない映画の内容を追うのは早々にあきらめて、愛染の横顔を盗み見る。
真剣に画面を見つめるその目が、こちらに振り返りはしないかと馬鹿らしい期待して。でも、今見られたら、きっと俺はバカ丸出しの顔をしているからやっぱり見ないでくれた方がいいなと思い直したりして。
終盤は、映画なんてそっちのけで、恋人を亡くした女が画面の中で嘆くのをBGMにしてほろりほろりと涙を流すその顔を見ていた。主演女優なんかよりずっと愛染の泣き方がキレイだ。頬を伝うそれが、ひどく勿体ないと思わせるくらいには。
「んん。ああ、目も腫れちゃったらどうしよう」
ねえ、赤くなってる?と覗きこんでくる無防備な仕草に腹が立って、返事の代わりにデコピンを返す。
「痛い!なにすんだよ!」
「見事な赤っ鼻さらして目も腫れちゃあ、自慢の顔も台無しだな」
テレビの画面にはまだエンドロールが流れている。愛染の涙を作り出した奴らの名前が羅列して画面の上へ上へと消えていく。
「ええ、そんなにひどいの」
ティッシュで鼻を抑えたまま、鏡を探すために立ち上がった姿を目だけで追いかける。揺れた空気に甘い匂いが混じって届いた。それだけなのに口の中に溜まった唾を、なるべく音を立てないように飲み込む。
例えば、募る思いというものが、貯金箱のコインのように貯まっていくものだとするのならば、器が満杯になったそれはどうすればいいのだろうか。器に入りきらずに零れる気持ちを、持て余してしまうとき、それが表情に出てしまいそうで、困る。
ドクリドクリと心臓がむやみにうるさい。エンドロールはしっとりとした音楽とともに、まだ続いている。だから、口の中の肉を噛みしめて、わざと不機嫌な顔を作った。
お目当ての鏡を覗き込んで「うあ、さいあく」と呟いている愛染に、何気なさを装って声をかける。
「つーか、お前の趣味じゃないだろ。こういうの」
「この前スタッフの子と話してた時、失恋した後に見ると泣けますよって言われて。タイトルだけ憶えてたんだよね」
たまたま見つけて、これかーと思って。といつもより籠った声が返ってきた。
「なに、お前失恋したの」
「うーん」
のそのそと、何故か隣に戻ってきた愛染を見上げる。何かを迷っているように忙しなく動いた水色のとろけた目が、俺の目を捕らえた。
「正確に言うと、今から、振られる予定なんだけど」
エンドロールが終わった。メニュー画面の鮮やかな映像が光となって愛染の顔を照らす。
本当に、キレイな造形を持つ男だ。
競うようにお互いを捕らえていた視線を逸らしたのは、アイツの方が先だった。
「うう、やっぱり鼻水止まんない。ちょっと鼻かんでくる」
空になったティッシュの空き箱を無造作にごみ箱に放り込んで、愛染が背中を向けた。バタンと扉が閉まるまで、俺は動けなかった。
「……言い逃げかよ」
やっと吐き出せた息とともに、吐きだした言葉は情けなくも震えていた。リモコンに手を伸ばして、電源ボタンを押す。
「ふざけんな」
戻ってくるとは思えない後姿を、みすみす逃してしまったのは愛染の言葉に驚いたという理由だけではなかった。アイツが失恋だと決めつけていることに腹を立てたわけでもない。
「なんで、笑うんだよ」
そう、愛染は確かに笑った。今から振られる予定だと口にしたとき、ふわりと嬉しそうに笑った。それは、それまで揺らいでいた俺の心を貫いた。その時湧き出た感情は、腹立たしいとも驚きとも違う。どちらかというと、こぼれていく砂を必死にかき集めるような、虚しさに似ていた。
その瞬間、失恋したのはきっと、俺の方だった。

俺のこの気持ちも、無造作にポイッとゴミ箱へ投げ捨ててくれやしないか。そんなものはいらないと、そんなものは必要ないと、そう言ってくれないか。
消えない情と、増えていく欲に侵されて、ただただ苦しいから。
ただ、一言でいい。「お前が好きだ」と伝えさせてくれ。
そして残酷な笑顔で、愚か者だと罵ってくれ。
すきだ、すきだ。かなしいくらいに、すきだ。