鏡のなか

 

どうも、今日は鏡の調子が悪い。
オレが笑ってやっているのに、ピクリとも口を動かさないし、なんならスゲー不機嫌そうにしている。鏡の仕事はオレの真似をすることなんだから、それを放棄するなんて全く使えない。そう思いながら、オレは朝の支度をする。
歯を磨いて、顔を洗う。面倒だけど、アズールがうるさいから髪もとかす。鏡の中のオレも、とりあえず同じ動きをしだす。相変わらず、顔は不機嫌そうなままだ。オレは歯を出して笑って見せる。
ほら、笑えよ。そんなオレの渾身の笑顔を無視して、向こうのオレはピアスをつけだした。ああ、忘れずにつけないと。オレもピアスに手を伸ばす。
ピアスをつける手つきだけは、いつもと同じだ。丁寧に、壊さないように。だって、大事なものだし。鏡の中のオレもそう思っているから、少しだけ表情が柔らかくなる。垂れ目だから、口角を上げるだけで柔和に見えるって言われたことがある。だからちょっとだけ、ジェイドみたいにキリリとした目になりたいなって思ってた時もある。今は別に思わねぇけど。
そんなことを考えている間に、鏡の中のオレはまた笑顔を消した。それどころか、コチラをギロリと睨みつけてくる。鏡のくせに生意気だ。目の前にいたら、キュッと絞めてやんのに。
思い切り舌を出してやれば、あっちは獣が威嚇するかのように歯をむき出しにした。
怖くねぇよ、そんなの。オレも同じ歯がついてるんだから。
そう思いながら睨み合っていると、「フロイド」と声をかけられた。
鏡の中、オレの後ろ側にジェイドが見える。
「もうそろそろ出ないと、朝食を食べそびれてしまいます」
早々に身支度を終えていたジェイドが、霧吹きを置きながら言った。こっそり部屋に隠してある(って言ってるけど、全然こっそりしてないし、隠す気もない)キノコたちに水をかける日課を終えたのだろう。あーあ、なんでジェイドってばキノコなんか好きになっちゃったんだろ。部屋が土臭くてヤなんだけど。
「アズールが待ちくたびれて怒ってしまう前に行かないと、面倒ですよ」
スタスタとドアへと向かうジェイドに、「待ってよ、ジェイド!」と声をかける。
鏡の中のオレも同じようにちょっとげんなりした顔をしてるけど、その目はしっかりジェイドを映していた。
足元に転がったジャケットを手に持って、急いでジェイドを追いかける。

ガチャリと開いたドアの先には、何もない。
真っ白い世界だ。
鏡の中のオレは、笑顔でシェイドと部屋を出て行く。
(いいなぁ)
此処は狭い。部屋のドアの先には何もない。部屋の大半は不明瞭でぼやけているし、音もない。
だって、この世界はそれが全てだから。
(オレも、向こう側のフロイドなら良かったのに)
そしたら、ジェイドと一緒に部屋の向こうに出て、待ちくたびれて怒っているアズールに会える。朝食を食べて、授業に出たり出なかったりして、バスケってやつをやるんだ。
きっと、すごく楽しいんだろーな。
小さな鏡の中では、出来ることなんて笑うことぐらいしかない。
面白いから、笑うんじゃない。面白くなればいいのにって、とりあえず笑ってみるだけ。
スゲー、つまんない世界だ。刺激も娯楽も、なんもない。
アイツが、フロイドが。いつかオレの前で「もう疲れた~」とか「誰か変わってくれないかな」とか言ってくれればいいのに。
調子が乗らないとか居心地が悪くなったときは、いつでも言ってくれればいい。
その時は、オレがいる。
安心していーよ。いつでも交代してやるから、さ。
アハッ。楽しみだなぁ、楽しみだなぁ。
牢獄のように小さく窮屈な世界の真ん中で笑いながら、オレはその日を密かに夢見ている。