秋物のチェックにと思って買った雑誌の1ページが目に留まった。同じ出版社の雑誌の来月号をアピールしたページだった。
雑誌ロゴと内容の隣に、普段は着ないだろうゆったりした上着を着こなした男が1人。勝気な性格を隠さない眼で、挑むようにこちらを見ている。
(そう言えば、雑誌の表紙を撮ることになったって言ってたっけ。)
スケジュール調整が上手くいかなくて、ライブの打ち合わせの隙間時間で撮影することになったから、その日は1日ピリピリしていた。挑んでくるように見えるのは、その心情が出ているかもしれない。
「ふふ。……剛士らしい」
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好きと言う感情は、性別、年齢に関わらず、ある程度自由であるべきだと俺は思う。恋愛に“してはいけないこと”は、多くないのじゃないかとも思っている。極論だけどね。
一度芽生えてしまった想い、殊に愛とか恋とかいうのは特に厄介な感情で。胸の中に留まってしまえば、キレイさっぱり消し去ることや、取り除こうとすることはとても難しい。
想うだけでそうであるのならば。
その感情が相手と同じものと知ってしまえば、なおさらそうだ。
相手と繋がる関係。恋人、夫婦、親子の関係。それが心地よいと思えば、そもそも切りたいと思わない。そんな関係。そうやって、繋がるべくして繋がった情と関係が、突然切れることはあまりない。簡単に切れないと思っているからというのもあるし、双方が切れないようにと願っているからというのもあると思う。
だけど、上手くいかないこともある。重なり積もった嫌悪や強い意志は、気持ちを殺せる。一方的に、切り捨てることが出来るんだ。
一方が殺した感情は消えてしまって、だけど困ったことにもう一方の感情は前と同じ残っている。そうなった時、残っている気持ちは何て言う名前になるのかって言う話だけど。
未練?執着?それともなんだろう、なんていうんだろう。捨てられて、傷ついて、それでも消えずに残ってしまうこの気持ちは。何て言う名前で、そこにいるんだろう。
そうやって見放された感情の名前も置き場も行先も、俺はこわくて決められない。
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ノンケで好き嫌いのはっきりしている恋人に嫌われないようするには、努力が必要だ。
面倒なヤツは嫌いだと言っていたから、必要もないのにしつこく予定を尋ねたり、音楽と向き合う時間を邪魔したりしない。メールだって電話だって突然、衝動でしたりしない。
その代わり、いつでも思い出せるようにしている。仕事の打ち合わせで喋る、歌う時より少しだけ低い声を耳に残すように聞いている。嬉しかったメールの文も、コッソリ残しておいて何回か見返したりした。ただ、メールは形に残ってしまうのが怖くて、満足したら消すようにしている。万が一、漏洩してしまわないように。それがアイツにとって何気ない文だとしても、だ。
身体が近づいたとき男臭いと思われないように、初めて一緒に寝た夜からユニセックスの香水に切り替えた。あまり匂いがきついと近づいたとき嫌な顔をするから、毎朝手首と足首に軽めつける。
もちろんボディーソープとシャンプーもそれに合わせて変えた。匂いが混ざると気持ち悪くなるんじゃないかとおもったからだ。
そんな俺でも、流石に体毛を全て剃るのははばかられた。撮影やライブでの露出があるから、無駄な毛は処理しているけど。全身ツルツルと言うわけにはいかないし。
夜のお誘いも、淡泊なアイツに合わせている。
セックスをする時は、どんな表情をしているかだけ見えるような間接照明を1つ点けるだけ。なるべく体が見られないように、俺はバスローブやシャツを着たままでする。
場所はなるべく俺の部屋。避妊具もローションも準備しておく。汚れたシーツを洗ったり、使用済みの避妊具を捨てたり、そういう面倒だと思われそうなことをさせるわけにいかないから。
当たり前だけど、女と体を繋げるのと男と体を繋げるのとでは、やらなきゃいけないことが男の方が多い。デリカシーをほっぽって、ありていに言えば、「濡れない」からだ。
次の日に朝から仕事が入っていない。彼の機嫌がよさそうな日にベッドに誘って、相手を先にシャワーへ送る。細々と準備を整えた後、入れ替わるように風呂場に行って、シャワーを浴びながら後ろの準備をする。そんなことも、もう慣れた。男とするのはやっぱり面倒だ、と思われたくない。その一心だ。
部屋で待っている間、彼はベッドの上でスマホを弄っているか、音楽を聴いていることが多い。扉を開ける音に顔を上げて、入ってきた俺を見た後、つと目を斜め下に逸らす。隠してある罪悪感が顔を出して、口の端が震える。それすらせつないのを許してほしい。
「しようか」
再度合う視線の奥に淡く見える欲が、いつも俺を喜ばせること。アイツは知っているんだろうか。
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仕事の場で、俺たちの仲を面白がっていじられることもあるけど、それは平気だった
俺との不仲はTHRIVEの売りの一つだし、面白がって弄ってもらえる。名前を憶えて、興味を持ってもらうことが最優先なこの世界では、武器にすらなる。
だから、カメラやマイクの前では、彼からどんな憎まれ口を叩かれても平気だ。助長するように煽ったり、揚げ足を取ることだってある。それも、悠太が止めればおしまい。
なのに、プライベートではちっとも平気じゃないのはどうしてだろう。揶揄いだと、軽口だと分かっていても、傷つくし動揺する。勿論、顔に出すような失態はしない。
アイツはストレートな言動が目立つけど、頭の回転は速い男だ。言っていいことダメなこと、本音と建前を適度に分けて対応できるヤツだ。
俺の恐れている言葉なんかも、察しているのかもしれない。俺と一緒に歌いたくない、とアイツが言ったことはなかった。
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セックスの後処理だって、自分でする。といっても、彼が避妊具をつけないでしようとしたことはないから、掻きだす苦労があるわけじゃない。汚れたシーツと着ていた衣服を風呂場で洗って、身体に纏わりついたローションと精液を洗い流すだけだ。
アイツは特に何も言わないから、セックスに文句はないのだと思う。そう思いたい。
ピロートークはしない。感情が昂った状態で話をして、もし「俺のこと、好き?」なんて言ってしまったら最悪だから。
そんなことは、聞けない。聞けるはずがない。そう思っている。
1番でなくてもいい、無関心でもいい。ただただ、俺は捨てられたくない。お前は俺に必要ないと言われたくない。こんなもんかと見限られたくない。
面倒に感じたら、アイツは俺を捨てるだろう。仕事に、性生活に、俺が必要ないと思ったら。考えるだけで、冷や汗が出た。無意識に噛んでいた下唇を解放する。
実際、シャワーを浴びて部屋に帰ったら、アイツはもうそこにいない。それにホッとして、それから何をやっているんだろうと思う。
真新しいシーツに包まって、朝までの時間を睡眠にあてる。
眠ってしまえば、そこに何があってもなくても一緒だ。
火照った夜がすぐ消えても、何もなかった昨日と同じだ。
目を閉じる。きっと、すぐに朝になる。
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雑誌の紙面にそっと指を滑らせて、シャープな頬のラインをなぞる。いい表情だ、と思う。
少し生意気で、それでいてかっこいい、そして男らしい。金城剛士のイメージがちゃんと出ている、いい写真だ。
だから。この広告を見たって、世の中の殆どの人は「いい男だな」としか思わないだろう。
金城剛士に男のセックスパートナーがいるだなんて、夢にも思わないに違いない。
