海の中なら泡になってたはずのマリーゴールド

*フロ→アズ。ウツボの兄弟間の嫉妬有。

 

吐いた息が白い。開いたままの襟元に冷たい風が滑りこんで来るから、身体がブルリと震えた。
気分は最高に悪い。意味もなく舌打ちが出る。
これも全部、アズールのせいだ。
頭がぐちゃぐちゃで気持ち悪い。何も考えたくないのに、アズールの不思議そうな顔と笑顔と泣き顔が、ぐちゃぐちゃに混ざる。混ざっていくアズールの傍に、自分の片割れが現れて、オレを見る。「いいのですか?」なんて言う。
良くない。良くないけど、今はその見慣れた困ったような顔にさえイラつき、戸惑ってしまう。
「寒ぃ」
ズッと鼻を啜って、何処へともなく足を動かす。暗闇を泳ぐように駆ける。
誰もいない場所に行きたい。1人になりたい。
睨むように空を見上げると、弱弱しい月の光が星の瞬きに負けていた。

今朝、眠い目を擦りながら食堂に向かっている時に、「最近めっきり朝晩が冷え込みますね」とアズールが手を擦り合わせていた。オレはそれを横目で見ながら、「じゃあ一緒に寝る?」と言った。「くっついて寝たらあったかいんじゃね?」って。
その時、アズールが朝の光を集めた瞳にはオレしか映っていなかった。ジェイドは朝からアズールにおつかいを頼まれていて、食堂で合流する予定だった。
口に出した後、言った言葉通りに、アズールのベッドでくっついて寝るところを想像してみた。
アズールは、いつも横向きに身体を抱きしめて眠る。オレの腕の中でキュッと丸くなるアズールを思い描いてみて、かわいいなって思った。
だから、「ああ、いいですね」なんて珍しく頷いたアズールの返事に、オレの心臓は柄にもなくドキリと動いた。思わずアズールの肩を掴んで「ホントに?」と聞いて揺さぶる。何度も何度も聞いて、「しつこい!」と怒られるくらいには揺らした。
嬉しい。一緒にくっついていられるんだって思うと、胸がポポッとあったかくなる。
そのあたたかさは百人力で、今日は1日授業もラウンジの仕事も頑張った。

ソレも、シャワーを浴びて、フワフワした気持ちでアズールの部屋に入るまでの話。
1人で部屋に入ってきたオレを見て、アズールはすぐ「ジェイドは?」と聞いたのだ。
「ジェイドはどうしたんですか?」って、不思議そうな顔をして。
その瞬間、オレは初めて陸に上がった時のことを思い出した。
水がダラダラと重くて、髪が顔に貼りついて不快で、風が吹くと肌寒い。その時の気分を思い出した。
アズールにとって、オレとの約束は、オレたちとの約束なのだ。と、当たり前のように知っていたことを、その時やっと思い出した。
そう、当たり前だったのに。なんでオレ、アズールと2人で眠るつもりでいたんだろう。
わざわざ、ジェイドがシャワーに行ったのを確認して、部屋から出てきたんだろう。
アズールと一緒に寝るって約束を、なんでジェイドに言わなかったんだろう。
(だって)
「だって、今日は2人で眠りたかったんだもん」
頭の片隅で、小さなオレがそう言った。オレがその声に気付いたのを分かっているかのように、小さなオレがピョンピョン跳ねる。
「ジェイドと一緒だと、いつもアズールは半分こ」
「今日は、アズールがオレだけのワガママを聞いてくれたんだよ」
やめろよ。そんなこと言うな。吐き気がする。
「あの時、オレだけが、あの瞳に映ってた!」
「スゲー、キレイだったじゃん」
キレイだった。でも、それは、違うだろ。
「オレだけで、独り占めしちゃいけないのかな?」
「どうして?」
……。それは、だって。
「フロイド?」
寝間着姿のアズールが、下からオレを覗き込んだ。
瞳にはオレしか映ってないのに、分かってしまう。頭の中では、オレだけじゃなくって、ジェイドのことも考えてるんでしょ。
分かるよ。アズールは、何も間違ってないから。
(あー、バカみたいじゃん)
朝から膨らんでいた気持ちが、パンッと音を立てて破れた。
「帰る」
いつもなら簡単に口から出るはずの「おやすみ」が言えたのは、扉を乱暴に閉めた後だった。

変だ。すごく変。
寮から外へつながる鏡から出て、手あたり次第を駆ける。額に汗がにじみ出す。
こんな思いをしたいわけじゃなかったのに。
バカみたいにグルグルした、気持ち悪さを抱えたいんじゃなかったのに。
アズールの、綺麗な光を溜め込んだ瞳に、映りこみたかっただけなのに。
そっと、近くに居たいだけ。寄り添っていたいだけ。
……だけ、ってなんだっけ?
でも、くっついていると、もっとって思うじゃん。もっとくっついていたい、って。
そうやって、くっついていたいだけなら、良かったのにな。
オレだけ、なんて。ちょっとでいいから、オレだけを見てくれたら、って。
あー、イヤだ。
あの日から、ずうっと一緒にいる、オレの片割れのジェイド。
そんなジェイドが大好きなのに、ときどき、本当に時々、ジャマだなって思う。そんなはずないのに。
でも、アズールの気持ちが、ちょっとでも、ジェイドの方に傾いちゃったら。
100ある好きっていう気持ちを、アズールがオレたちに分けたとき、オレが49でジェイドが51だったら。
オレとジェイドが一緒じゃないって、オレらが対じゃなく1人と1人でそれぞれに違うって分かってくれたアズールが、そう思ってしまったら。
オレは、イヤだ。たぶん、ズルいって思っちゃう。ジェイドがズルいって。
オレだってジェイドと同じぐらい。ううん、それよりちょっぴり多いくらいアズールを好きなのに、って。
(なんだか、怖えーな。オレじゃないみたいで)
アズールが好きなだけなのにさ。オレに向かって笑うアズールがかわいいから、もっと笑って欲しいなって思ってるだけなのに。
ああ、なんで、こんなに胸の辺りがギュウッと縮む感じがするんだろ。息がし辛いってことは、胸じゃなくて肺かも。肺呼吸なんかになったせいだ。

ねえ、昔人間に恋した、間抜けなお姫様。
あんたは、恋が楽しいものだって思ってたの?
笑ってほしくて、イライラして、意味もなく苦しくなって、無性に壊れるくらい触れたくなる。
こんなのがアンタが焦がれた、恋なの?
じゃあ、こんなのなんにも楽しくないね。
オレの胸にあるのはただ、最低でくだらない、えぐり取れない愛しさだけだよ。
だけど、一言だけで嬉しくなる心は、楽しくないのに捨てられそうにない。
丸めてポイって捨てられれば、楽だったのかな。

吐いた息が白くモヤモヤしたカタマリになって、空気に溶けた。鼻先が冷たい。
さっきからポケットで携帯が震えてる。画面を確認しなくても、誰からの着信なのかなんて分かっていた。……向こう側で、アズールが泣いてなきゃいいけど。
でも今声を聞いたら、オレ、たぶん泣いちゃうから。もうちょっとだけ、暗い夜を泳いでから、それから帰るね。
「好きだよ」
コレがお姫様の夢見たような恋じゃなくても。脳の天辺がしびれて、手の先が震えるほどの欲で溢れたモノだと笑われても。
オレはズッと鼻を啜って、熱く白い息を吐き出した。
「好きだよ、アズール」