ふまえておきたいゆるい設定。
剛士くん
3ヶ月前にやっとこさ愛染ちゃんに告白、めでたくお付き合いを始めた。
短気で怒りっぽいけど、愛染ちゃんのことは可愛いと思ってるし、大事にしたいと思ってる。
愛染ちゃん
お胸は慎ましいながらもスラリとした美しい脚の持ち主。
不器用なのは自覚してる。時々、剛士くんがジッと自分を見たままフリーズすることがあって、ちょっと心配。
阿修ちゃん
ピンク髪=ボイン。剛士くんの幼馴染で、愛染ちゃんの親友。
愛染ちゃんの恋愛相談に乗りながら、二人の仲を面白が、応援してるよ!
愛染さんと阿修くんが女の子です。名前はそのままです。
意味もなく学生設定。
ここ数日、俺の心は浮かれまくっていた。具体的に言うならば、2週間前に阿修から来たメッセージを読んでからだ。
『けんけんとチョコを手作りにしようねって約束したよ!楽しみだねぇ、ごうちん♪』
読み終わった後、一旦メッセージアプリを閉じた。深呼吸をして、いや、多めに5回ほど吸ったり吐いたりして、もう一度メッセージを確認した。2度見どころか、じっくり10回はその短い文章を読み返した。
「まじか」
あの、愛染が。
スマホを持つ手が勝手に震えた。口が勝手ににやける。
仕方がない。あの、驚くほど不器用で、得意料理が目玉焼きです、な愛染が。
あろうことか、手作りチョコだとさ。そりゃあ、スマホを持っていない手がガッツポーズを作っても仕方がないのだ。感動すら覚える。
「てづくり……、か」
案外イベントごとが好きな愛染が、バレンタインを無視するというのは考えていなかった。だから、それなりに期待もしていた。
しかしまあ、チョコを貰えるとしても、アイツが好きなシャレた小さな箱に入った有名ブランドかなにかの既製品だろうと思っていた。
いや、それでも十分なのだ。それこそ、駄菓子だろうが板だろうが、チョコなら何でもいい。好きな相手から、彼女から、チョコを貰えるというだけでも十分でありがたいことこの上ない。
頬を染めた愛染が、「これ、受け取って」なんて言ってチョコレートの入った箱を差し出してくるというシチュエーションを夢見ている男なんぞ、うちの学校には掃いて捨てるほどいるのだ。文句を言うなど、贅沢の極みである。
それが、いったいどういう風の吹きまわしだろうかは分からないが「手作りチョコ」。
阿修がどうアイツを丸め込んだのかは知らないが、しばらく足を向けては寝られない。去年まで鬱陶しいと思っていたチョコレート会社のあからさまなCMにまでも、感謝したいくらいに嬉しい。
あー、早く2月14日にならないだろうか。
自室のベッドの上でスマホ片手にニヤニヤしていた俺の様子は、傍から見れば相当滑稽だっただろう。
が、それを始終見ていたのは愛用のギターだけだった。
◆
それで、その記念すべき日の前日。つまり2月13日。夕飯を食べ終え、自室でギターを鳴らしていると、阿修から再びメッセージが届いた。
『いえ~い!なんとか完成したよ~♪どんなチョコができたかは~、お・た・の・し・み!』
ぴょこぴょこ跳ねる感嘆符とふざけた文面に若干イラっとしたが、完成という文字に燻っていた不安が消える。失敗したからチョコはお預けだよ、という報告が来ることも、一応覚悟していたのだ。阿修が完成というのなら、味はどうあれ形にはなったということだろう。それよりも、
『アイツ、怪我しなかったか?』
その方が気になる。
『包丁は使わなかったから、大丈夫。ちょっと火傷したけど、すぐ冷やしたし。心配ないよ』
火傷。そわりとした心を、心配ないという阿修の言葉で押し込める。
俺のために、慣れない料理を頑張ってくれるのは嬉しい。だけど、どれだけ美味いものが出来たとしても、アイツ自身に傷がつくのは困る。
前に一度、愛染が気まぐれに作って来た弁当のことを思い出す。(その時も、実は阿修が暗躍してくれたのだが)
卵焼きは焦げて苦かったし、ウインナーは何故か半分から4つに分かれていたし、おにぎりは変な形をしていた。
でも、不格好なその弁当の中身より気になったのは、絆創膏の貼られた指だった。白い肌には目立つ薄茶のソレが痛々しく巻かれていた。気が付かれたのが分かったのか、引っ込みそうになったその手首を握って問い詰めると、愛染は観念したように「色々失敗しちゃって、その、初めてだったから」と眉を下げた。
――その時の衝撃といったらない。
感情がぐちゃぐちゃのまま、弁当の中身を口に放り込むことだけに集中した。味も何もなかったから、勿体なかったとは思う。
食べ終わった後、片づけをする愛染の手をもう一度だけ取った。困惑するアイツを無視して、親指に巻かれた絆創膏を傷に響かないようそっと撫でると、他の指がピクリと跳ねた。弁当一つに、ここまで頑張ってくれるのか。痛い思いをさせて申し訳ないと思うと同時に、腹の底からフツフツと満足感に似たものが沸いてくるようだった。
「剛士」と名前を呼ばれて顔を上げると、彼女が心配そうに俺を見ていた。
……校内でなければ、抱きしめていた。
つかの間、過去に飛んでいた思考が、ポンという間抜けな通知音で、現在に戻ってくる。阿修から追加のメッセージが届いていた。
『明日、けんけんを泣かせるようなことしたら、一生許さないからね』
既読となったその文に、「泣かせねえよ」と声が出た。愛染は阿修にとって親友なのだから、その心配をするのは当然だ。口喧嘩に発展しやすい俺たちを見ているからこそ、それを危惧しているのだろう。それは分かる。しかし、あまりに心外だ。
『泣かせねえよ』
『本当に?』
『アイツは笑ってる方が可愛いだろうが』
『おお~!気持ち悪いくらい素直なごうちんだ。ほんと、けんけんの前でもそれぐらい素直になってあげたらいいのに~』
『うるせえ』
それが出来たら、苦労してねえわ。それに、調子を崩してくんのは、いつだってアイツの方だ。意固地にひねくれた言葉が出ていく俺の口も、悪いとは思うが。アイツの無駄にこねくり回されている思考もどうかと思う。
『まあいいや。素直なごうちんに、ご褒美を授けよう!プレゼントふぉーゆー♪』
今度は揺れる音符だ。絵文字も使う本人に似るのだろうか。なんて馬鹿馬鹿しいことを思っていると、次いで、画像が送られてきた。
「は、」
指先が、勢いよく画像をタップする。拡大される画像。
それは、キッチンに立っている女の後ろ姿の写真だった。
俺の中の幼馴染の家のキッチンは、小学校のおやつの時間で止まっている。うちより少し広い、アイランドキッチン。大きめの冷蔵庫と、ビタミンカラーで統一されている調理器具たち。阿修の母親が焼いてくれたホットケーキの香りが蘇る。
そこに、制服の上に水色のエプロンを纏った愛染がいた。
長い髪が纏められ、俯いているために見える、いつもは隠されている白い項。なだらかな背中のライン。細い腰に結ばれたやわらかに曲がったリボン。学校の指定より少し短めのスカートから伸びる、スラリとした脚。
ああ。
『やべえな』
『うれしい?』
『最高』
『おやおや~?阿修様、ありがとうございます。でしょ?』
『阿修様ありがとうございます』
持つべきものは、理解のある異性の幼馴染だ。阿修様だ。お前は女神か。いや、女神はアイツか。
自分ではなかなか撮ることの出来ない写真に、少なからずテンションが上がった。勿論、秒で保存した。後でパソコンにも移しておこう。
『素直すぎて、こわい。明日、大雪になっちゃうよ~』
なんとでも言え。生憎、天気予報はここのところ連日晴れマークだ。
今日はもう、風呂入ってすぐ寝よう。いや、寝れるだろうか。まじでヤバイ。なんでもいいから、早く明日にならないだろうか。はあ、変に緊張してきた。
遠足前の小学生のようにソワソワと落ち着きなく、広くない部屋を行ったり来たりする俺は、呆れるほどに浮かれていた。
が、それを始終見ていたのは、またも愛用のギターだけだった。
