大量のビー玉こぼれた胸の音

 

控え屋においてある差し入れは、何の腹の足しにもならない甘いものが多数を占めていた。箱や袋を次々と開けてはしゃぐ阿修を見ながらうんざりした気分になる。疲れた時には甘いものだなどと最初に言いだしたのは誰なのか。甘いもの食って機嫌が直るのなんて、女か阿修ぐらいじゃないのか。漂う甘ったるい砂糖の匂いに顔を顰めながら、簡素なパイプ椅子に腰かけた。
今日は珍しく阿修と二人での撮影で、愛染は久しぶりに1日オフだとか言っていた。甘いものは嫌いな訳ではないと言っていた愛染は、甘いものが苦手な俺とは好みこそ異なるが、その甘いものを積極的に摂取する方ではない。愛染がこの場にいたなら、きっとカロリーがどうとか糖分がどうとかなどと女々しいことを言いながら、俺と同じような顔をしていただろうと思う。
いつの間に取り出したのか、阿修が生クリームの山盛ったプリンを口いっぱいに頬張りながら器用に喋り出す。さっきまで、ゼリーだ、ドーナツだ、サイダーだと一人はしゃいでいたのに、よくもまあそう口が動くもんだ。
「あー、コレおいしい!ケンケンもいたら、一緒に食べよって言えたのになあ…。ねえ、ごうちんもたべ」
「食わねえよ」
「まだ言い終わってないじゃん!ごうちんのケチンボ!」
阿修のデカい声を避けながら、隅に置かれていたミネラルウォーターのペットボトルを手に取る。
「撮影で吐くほどドーナツ食ったから、もう甘いもんは目にも入れたくない」
撮影の間から続いている口の中の甘さが不愉快で、蓋を開けて貪るように水を飲下した。
「うんうん!ドーナツおいしかったよね!僕はね、あのストロベリーのつぶつぶがいっぱい入ってるのと、もちもちってしたキャラメルのやつが好きだった!ごうちんは?」
「ああ?どれも一緒だろ?」
どれも同じくらい甘くて、頼りない食感で。アイツのよく言う、食べすぎると美容にも健康にも歯にもよくない食べ物。食べてしまって後悔する、なんてそこまで大げさなことは言わないが、あのクドい甘さが俺の中で役立っているということはないだろう。ペットボトルをテーブルに戻して、今度はスマホに手を伸ばす。メッセージが来ているという表示をタップして、甘い食べ物をドカドカ腹の中に詰め込むよりもずっと後悔した。
「ええー?ごうちんってば味覚おかしいよー。あ!あれは?コーヒー味のビターチョコレートがかかってたやつ!」
「コーヒー?……ああ、あれはあんまり甘くなかったな」
「そうそう!あとあと、あの豆腐とほうれん草のドーナツ!アレなら、ケンケンも喜んで食べてくれるよ!カロリーも糖分も控えめですよってスタッフさんも言ってたし!!お土産にもらえないかなー」
そう言った阿修は、2個目のプリンに手を伸ばした。「うえ、まだ食うのかよ」と溢した俺の嫌味なんて聞こえていませんよという顔で、ペリペリと間抜けな音を立てながら蓋を剥がしている。
この休憩が終わったら、衣装を変えて秋の割引キャンペーンの撮影です。と言っていた澄空はまだ姿を見せない。テーブルの上に置いてあった、阿修のような能天気な顔をしたイメージキャラクターのぬいぐるみと目が合う。大きなblueの目だ。
「そういえば、ケンケンって、最近ますますキレイになってない?お肌つるつる、髪の毛サラサラ、唇もぷるっぷる!今日もりゅうちゃんとエステとか言ってたし。どうしたんだろ?新しい恋かな?ね、ごうちん!どう思う?」
「知らね」
愛染がキレイになろうが、是国とエステに行こうが、どうということはない。ましてや、新しい恋なんてものに現を抜かしたところで、俺には全く関係がないし興味もない。
そう思いつつ、ぬいぐるみから目をそらしたのは、何でも見透かしているとでもいうようなアイツの目と重なった気がしたからだった。見ているとなぜだか心が逸る、嫌な目だ。
「大体、アイツは新しい恋なんかしなくても女には不自由してないだろ」
「もー、ごうちんってばわかってないなー。ケンケンはさ、たぶん今振り向いてほしい人がいるんだよ!目に入れてほしいから、恋すると自分をピカピカ磨きたくなっちゃうんだよって、なんか前にそう言ってた気がする!キャー!ケンケンの好きな人ってどんな子だろー!帰ってきたら、聞いてみようかな?」
「くだらね」
短く吐き捨てた俺の言葉を咎めようとしたのか揶揄おうとしたのか、阿修が大きく口を開けると、控室に控えめなノックの音が響いた。阿修が開いた口をそのままに、「はいはーい」と跳ねるようにドアに駆け寄る。開いたドアの向こうから、澄空が申し訳なさそうな顔をして入ってきた。出迎えた阿修と何かしゃべっているのを横目に、スマホの画面に目を戻す。
『今日、仕事終わってから会える?』
眉間にしわが寄るのが自分でも分かってしまった。ずっと握っていたせいか、スマホを持つ手のひらが汗ばんでいる。
恋心、なんて。不確かでフワフワしたよく分からない感情が、俺は苦手だ。不安定に他人に気持ちを左右させられるなんて、とてもじゃないがそんなことには耐えられそうもない。
ああ、そうだ。毎回毎回、メッセージを返信する手がぎこちなくなるような、そんなことには。
「ごうちーん!機材の不調と衣装のトラブルで、撮影中止だってー!今日はお仕事終わりだよー」
落胆を隠せない阿修の声の向こうで、澄空が焦った表情で頭を下げる。
ままならない心音が煩わしくて、俺は横隔膜の上の辺りから大きく息を吐き出した。