外はサクサク、中はしっとり

*男監督生視点!

 

ある日突然、アズール先輩が「ちょっとキッチンを借してください」と荷物を抱えてやってきた。
何事かと聞けば、フロイド先輩に賄いのことで喧嘩を売られたのだと言う。
「アイツ「アズールが作ったのより美味しいのが出来たぁ」とか言って、僕をバカにするんです」
本当に美味しいから悔しくて!
アズール先輩はそう言って、カボチャに包丁をブスリと突き刺した。

もうすぐハロウィーンということもあって、モストロ・ラウンジの厨房では試作もかねたカボチャ料理が賄いとして出されるらしい。
最初にアズール先輩が賄い(と言う名の試作品)として出したのは、ミニカボチャのチーズ焼きだったそうだ。
味は高評価だったものの、メインにはならない、という理由で試作止まりの一皿になったのだと先輩が言う。
チーズは好きだ。何にでも合うし。アツアツでトロっとしたのがいい。ホクッと甘いカボチャにも、もちろん合う。
ああ、お腹が減ってきた。
「すごく、おいしそうですね」
「ええ、美味しかったんですよ。でも、アイツときたら」
パクパクッとチーズ焼きを平らげたフロイド先輩は「どうせチーズ使うならさぁ」と言って、次の日カボチャのクリームグラタンを出してきたらしい。
焼き目が程よく付き、ホワイトソースのクリーミーな香りが食欲をそそる一品だった、と悔しそうな声が唸った。その手にはマッシャー(という名前らしい潰す道具)が握られていて、いつの間に温めたのか、湯気の立つカボチャをガシガシと潰している。
グラタンもいい。フーフーしながら、ハフハフ食べるのがいい。
「そこそこ量もあって、使ったカボチャをそのまま器にしているのでメインとしても映えるんですよ」
アズール先輩はマッシャーを横に置き、今度は木ベラを握った。ペーストになったカボチャにバターと砂糖を加えると、それだけでもう美味しそうだ。
不意に「甘いものは好きですか」と聞かれたので「大好物です」と答えたら、砂糖がスプーン1杯分足された。ついでに生クリームと卵の黄身、シナモンも少々。名前は知ってるけど、結局シナモンって何なんだ?
「さっきからいい匂いがしますけど、先輩は何を作っているんですか」
「パンプキンパイです」
せっせと作ったカボチャペーストをいったん置き、アズール先輩は冷凍された平たい生地を広げた。
「コレは何ですか?」
「作り置きのパイシートです。あなた、普段料理しないでしょう」
「食べるほうが好きですね」
えへへ、と誤魔化すように笑えば、先輩は少し呆れたように息を吐いた。
「学食で栄養のバランスを取れるといっても、自炊は出来るに越したことありませんよ」
「そうですよね」
「食費の節約にもなりますしね」
会話の間にも先輩はパイ生地を伸ばしたり、切ったりしている。
パイって、焼く前はこんなに薄いんだな。そういえば、クッキーも焼く前はこんな感じだった気がする。
ちょっと前、ハーツラビュルにお邪魔した時、トレイ先輩に見せてもらったお菓子作りをぼんやり思い出す。クッキーとパイは似ているのかぁ。
視線の先でアズール先輩は、ペーストをスプーンで掬い、四角く切った生地の真ん中に置いた。その上に、数か所互い違いに切り込みを入れたパイ生地を重ねる。
「あの、モストロ・ラウンジの厨房で作った方が、やり易かったんじゃないですか?」
「あそこで作っていたら、アイツらが邪魔しに来るでしょう」
「え、でも、リーチ先輩たちに振る舞うんですよね?」
「そうですけど……」
出来たパイの端をフォークを使って潰していたアズール先輩が、ふと口を噤んだ。
集中していたからか、他の理由からか、唇の先がツンと突き出ている。
「それだと、ぎゃふんと言わせられないでしょう」
「ぎゃ、ぎゃふん!?」
そう言った瞬間、ジロリと睨まれて、両手をあげる。すみません。アズール先輩の口から出た言葉とは思えなくて、つい。
「ジェイドもフロイドも、いつも涼しい顔で料理を出してくるんですよ。こんなのすぐ作れますよって顔で」
「はー、すごいですね」
「……実は僕、今日が初めてなんです。パンプキンパイを作るの」
「もし失敗したら、アイツら笑うじゃないですか」とアズール先輩が眉根を寄せる。
どうだろう。笑うのか? アズール先輩が言うのだから、笑うのかもしれないな。
失敗した先輩が上手くイメージできなくて困る。
「そんなのカッコ悪いでしょう? どうせなら僕も、完成形を突きつけてやりたいじゃないですか」
「それで、ぎゃふん」
「そうです。ぎゃふん、参りました!と言わせてやりますとも」
パイに刷毛で卵の黄身を少し乱暴に塗りつけながら、先輩はニヤリと笑った。
天板に乗った焼く前のパイたちが、キラリと光る。ツヤツヤだ。

温めたオーブンにまだ白いパイたちを突っ込むその後姿は、意気揚々としていた。
……先輩たちの仲を1から10まで詳しく知らなくても、分かることはある。
リーチ先輩たちは絶対「ぎゃふん」とは言わない。(まず「ぎゃふん」と言っている人をみたことがない)むしろフロイド先輩なんかは「そんなことより、コレどこで作ってきたの?」って言うんじゃないかなぁ。たぶん。
(ここで作ったって知られたら、ちょっと面倒なことになりそうだなぁ)
オーブンの温度を確かめた後、料理道具の後片付けを始めたアズール先輩に聞こえないように、そっとため息を吐く。
泡のついたスポンジで、ボウルや木べら、計量スプーンなどをどんどん洗っていく先輩の横顔はなんだか楽しそうだ。
この世界に来てから、食べ物は店で買って食べることしかしていない人間の、個人的で偏った感想になるのだけど。
料理が好きな人って、作っている時にも片づけている時にも、面倒って顔しないんだなって思う。
むしろなんていうか、すごく真剣で、そして楽しそうだ。それは、アズール先輩みたいに料理を食べさせる時のビジョンが、すでに見えているからだろうか。
そうならば、「おいしい」という感想自体が、「ぎゃふん」ということなのかもしれないな。
悶々と考えていると、ふわりと香ばしい匂いがオーブンから漂ってきた。素直に反応したお腹がぐぅと鳴る。
「キッチンを借りる対価として、あなたとグリムさんの分も作りましたから。焼き上がったら、試食もかねて食べていただきたいのですが」
アズール先輩の笑顔と空腹に、何度も頷く。
匂いだけでこれだけおいしそうなら、焼きたてはさぞかし……。
自然と出てきたつばを飲み込んだところで、匂いに釣られてやってきたグリムがキッチンに入ってきた。
「うまそうな匂いがするんだゾー!」
「アズール先輩が、パンプキンパイご馳走してくれるって」
「アズールが? おまえ、イソギンチャクになるのか!?」
「キッチンを借りたことへの対価にと思ったのですが。イソギンチャクになりたいのなら、いつでも歓迎しますよ」
「ゼッタイにイヤなんだゾ!」
グリムがピョンピョン跳ねて抗議するのを、アズール先輩が鼻で笑う。
「この守銭奴やろう!」
「おや、グリムさんの分は少し大きめのモノをと思っていたのですがねぇ」
「え」
「僕は心ない言葉にひどく傷ついてしまったので、大きめのモノは監督生さんの分に」
チラリと視線を寄越されて、苦笑いしか出ない。グリムはこんなに分かりやすく遊ばれているのに、あたふたと手足を動かしている。
「あー、違うんだゾ! 守銭奴って、他の寮の奴らが言ってたけど、オレはアズールはいいヤツだと思ってるんだゾ!」
「ありがとうございます」
「だから、おっきいパイはオレのなんだゾ!」
「な!」とズボンを掴まれたアズール先輩は、「そうですねぇ」と言って口元を隠した。
「最初から、グリムさんにと思っていたものですし」
「だろ! オレが食べるべきだよな!」
ピピピピッ。
グリムの声に被るように、キッチンタイマーが鳴った。
アズール先輩はミトンを手にして、オーブンへと向かう。グリムと二人でその背中を追いかける。
扉を開け、熱気を顔に受けながら覗き込めば、そこにはこんがり焼けたパンプキンパイたちが立派な顔をしていた。
「うまそうなんだゾ!」
「おいしそうです!」
「この寮には食いしん坊しかいないみたいですね」
「天板が熱いので、少し離れて」と言われ、グリムを抱き上げて道を開ける。
ミトンをつけた先輩の手によって、アツアツの天板は鍋敷きを敷いたテーブルの上に置かれた。
グリムを抱えたまま覗き込めば、カボチャの甘い匂いとバターの香ばしい匂いにまず鼻がやられた。それから、網目模様の向こうに透ける黄色とパイの艶のあるキツネ色に目がやられた。
「うまそうなんだゾ!」
「おいしそうです!」
「あなたたち、さっきからソレしか言っていませんよ。ほら、早く食べたいのなら、お皿を出してください」
「はい、お母さん!」
「誰がお母さんですか」
ダッシュで皿を取りに向かう。待ちきれなさそうなグリムに渡すと、小さな体は飛ぶようにテーブルに戻っていく。ついでにとフォークを手に取って、興奮した気持ちのまま振り向く。
「アズール先輩もフォークだけでいいですか? ナイフ使いますか」
「ああ、僕は良いです」
「え。アズール、おまえ素手で食べるのか?」
「そんなわけないでしょう。僕は此処では食べていかないという意味ですよ」
グリムから皿を受け取った先輩は、曲がったヘラでパイを掬って、2つの皿の上に置いていく。そして、持ってきた荷物の中から大きめのタッパーを取り出した。
「やはり、作りたてが一番美味しいですからね」
「あ、ぎゃふんですね!」
「ぎゃふん?」
「このパイを使って、アイツらに言わせる言葉ですよ」
3つのパイをタッパーに移し終えて、先輩はマジカルペンを構える。ふわりと風魔法がタッパーの中身を撫ぜた。
「何したんだゾ?」
「粗熱を取ったんですよ。さあ、僕はもう帰ります」
パコッとタッパーの蓋を閉めた先輩が、すでにまとめてあった荷物を手に取る。
「残りのパイはお好きにどうぞ。ああ、まだ中身は熱いですから、舌を火傷しないようにしっかり冷まして食べてくださいね」
「はい、お母さん!」
「だから、誰がお母さんだ」
最後にギロリとコチラを睨んで、アズール先輩は帰って行った。
まるで季節外れの嵐のようだったけど、焼きたてのパンプキンパイの香りで全てがどうでもよくなるから、食欲って強い。
「なあ、もういいだろ? 早く食べたいんだゾ」
「うん。フーフーしてから食べれば、大丈夫だよ」
うずうずしているグリムに答えながらフォークを入れると、サクリといい音がした。ほわっと上がる湯気に、フーフーと息を吹きかけて口の中に入れる。
「!」
「!」
同じタイミングで口に入れたグリムと目が合った。そのまま、お互い無言で咀嚼する。
ごっくん。
「うまい!」
「おいしい!」
作りたてというのもあるけど、おいしい。しっとりしたカボチャのほんわりと優しい秋の甘みが、じんわり心に染みていく。おいしい料理ってすごい。ちょっとだけホームシックになりそうだ。
「オレ様、おかわり!」
「あ、ずるい!」
しんみりしていたら、グリムの欲深い声が聞こえてハッとする。
それから競うようにパイを食べて、気付いたら夕食前だというのにお腹いっぱいになっていた。

次の日の朝、食堂でアズール先輩たちと鉢合わせた。
「アズール! 昨日のカボチャのパイ、めちゃくちゃウマかったんだゾー!」
「先にお礼しなきゃダメだよ、グリム。アズール先輩、ありがとうございました。パイ、おいしかったです。あの後、残りもすぐに食べちゃいました」
「それは良かった」
アズール先輩は足を止めて、ニコリと笑った。そして、グリムの大きな声に反応した生徒たちに聞こえるように声を張る。
「ハロウィーンに合わせて作ったパンプキンパイでしたが、モストロ・ラウンジでも限定メニューとして本日より扱うことにしました。あれから一層カボチャのしっとり感と、パイのサクッとした食感を楽しめるようにレシピを改良したんです。1つ450マドル、スペシャルドリンク付きのセットは700マドルです。是非とも、モストロ・ラウンジへ焼きたてを食べにいらしてくださいね」
瞬間、ざわりと食堂の空気が動く。
(え、アズール先輩が作ってんの?)(んな、わけないだろ)(でも、監督生たちがおいしかったって)(最近カボチャばっかり見てるからなー)(うちの副寮長もこの前カボチャのタルト作っててさー)(450マドルかぁ)(セットの方がお得じゃね?)(焼きたてって言葉のパワーやべぇ)(腹へったー)
ざわざわとした声が雑音に戻る頃、やっとアズール先輩の宣伝に巻き込まれていたことに気付いた。
「あの、アズール先輩」
「ああ、監督生さん、グリムさん。いい宣伝になりましたよ」
「ご協力ありがとうございます」と先輩が微笑む。うう、悪い顔だ。
そんなふうに昨日のお母さんの顔から経営者の顔に変わったアズール先輩に気を取られていたからか、両側から近づく2匹のウツボに気付けなかった。
「ねー、小エビちゃん。どーゆーこと?」
「昨日のパンプキンパイは、オンボロ寮で作られたものだったということでしょうか?」
「オレら、仲間外れにされたの?」
「作りたてを召し上がったんですか? しかも複数?」
ほら見ろ、やっぱり面倒なことになった!

昨日「うまい、うまい」だなんて言いながら、タダでおいしいパイに舌鼓を打ったんですがね。
ほうほう。
その後散々な目にあいまして。
そりゃあ、アレだ、そんなうまい話がそうそうあったもんじゃないってことだな。
そりゃそうだ。
あっはっは。
「おい、オチが弱すぎだろ」「ひっこめひっこめ!」
ぎゃふん!
……お後がよろしいようで。