嗚呼、それは視線の先のあの匂い

 

午後のオフが重なったケンケンとラウンジのカフェスペースでお茶をしていたら、たまたまお仕事でマンションにやってきていたつばさちゃんとばったり出会って、ご一緒することになった。僕は甘くって幸せな気分になるキャラメルミルクティー(ホイップのせ)で、ケンケンは何とかってハーブティー。奢ってあげるというと、つばさちゃんは少し迷ってカフェオレを頼んだ。Bプロのお仕事の話とか、最近おすすめのパン屋さんの話なんかをしながらのんびりまったりしていたら、つばさちゃんが何かを思い出したように目を輝かせた。そして、突然、爆弾を落とした。
「そういえば、金城さんと愛染さんって本当は仲がいいんですね」
つばさちゃんがそう口にした瞬間、ケンケンの眉間に明らかなしわが寄った。
「はあ?」なんて、普段は女の子に向けて出すことの無いような低~い声も出しちゃって。
「え、あ、ご、ごめんなさい。わたし、えっと、言い方、間違えたかも」
「うわぁ~。ケンケン、こわ~い」
「あ。ごめんね、つばさ。んん、怖い声出しちゃった」
軽く咳払いをして平常心を取り戻したケンケンが、ごまかすようにハーブティーを口にする。眉間のしわはなんとか消えたけど、今度は口のはしっこがヒクついていた。
「ねえねえ。つばさちゃんは、なんでそう思ったの?」
少し怯えたつばさちゃんを安心させるように、笑顔を向ける。ケンケンはごうちんが関わるとちょっと面倒になっちゃうし、ごうちんはケンケンには基本けんか腰だし。傍目から見ても、話し合えば衝突、意見は対立、好みも正反対!みたいな二人だ。でも、つばさちゃんにはケンケンとごうちんが仲良しに思えるらしい。どういうところを見たら仲良しに見えるんだろう。
「えっと、この間。キスアンドハグの撮影の時に、カモミールティーを差し入れしたの、覚えていますか」
「ああ、にゃんにゃんのときのだね!」
はい、とつばさちゃんが苦笑する。あの時は大変だったもんね。
「その時に『草の味がする』って金城さんが言ったっていうのは、話しましたよね?」
「したね。せっかくのつばさの気遣いを無駄にしちゃったバカの話」
「もう、ケンケン!つばさちゃん、ごめんね。それで?」
「それで、カモミールっていうハーブなんですけどって私が説明したら、『じゃあ、愛染のが喜ぶから、そっちへ持っていけよ』って」
「ごうちんが?」
「はい。『あいつ、そういう草みたいな匂いするやつ好きで、一緒にいるときよく飲んでるから』って言っていたので。その、意外と、仲が、いいの、かなって」
つばさちゃんの尻窄みになっていく声を聴きながら、ケンケンをこっそり盗み見る。ポカンと口を薄く開けて、完全に呆気にとられていた。あーあ、変な顔。いつものすました笑顔が剥がれて、空色の瞳が揺れている。白いほっぺがじわじわ色づく。なんだかとっても可笑しいから、その戸惑いを化かして隠してしまわぬうちに、僕も一つ爆弾を投げることにした。
「好きなものだって知ってて、ケンケンに持っていけだって。ごうちんやさし~!まあ、ごうちんはケンケンのことよ~く見てるもんね!」
ニコリ。つばさちゃんが眩しいと褒めてくれる笑顔で、メンバーにうるさいといわれる声を弾ませて、ケンケンに止めを刺す言葉を放つ。案の定、ケンケンはこちらを恨めし気に睨んだ後、蚊の鳴くような声で「勘弁してよ」と言ってテーブルに顔を伏せた。
まあ、そのかっこ悪い顔や仕草が、ちょうど良いタイミングで鳴り出したスマホのせいでつばさちゃんには見られなかったのは、ケンケンの幸いだと思う。
「あの、すみません。夜叉丸さんからの呼び出しが入りまして、今からキタコレの――。愛染さん、大丈夫ですか?」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ!それよりつばさちゃんは急がなくていいの?」
「あ、はい!そうでした!カフェオレ、ごちそうさまでした」
「いいのいいの!ケンケンが喜んで払うから!また一緒にお茶しよーね」
つばさちゃんが慌ただしくエントランスを出ていくのを手を振って見送る。ケンケンは相変わらず前髪を気にすることもなく無言で顔を伏せたままだ。相当混乱しているらしい。これは、後で顔を青くして鏡とにらめっこコースかなと他人事のように思いながら、冷めはじめたミルクティーをすする。ケンケンの手入れされた水色の髪の毛の横で、ガラスのティーカップに入った何とかっていうハーブティーがじわじわ温度をさげていく。さあて、ケンケンの面白い顔はもう見れたし、今のネタで今度はごうちんをからかってやろうっと。そんなこと思いながら一人ほくそ笑むぼくを、稽古場で盛大なくしゃみをしたごうちんはまったく知らないのだった。