「あ~、いいお湯だった~」
冷房の効いたリビングに入ると、ホカホカの体がスッと冷えた。気持ちいいなー、と思っているとソファに座っていたケンケンが雑誌から顔をあげる。
「悠太、お湯抜いておいてくれた?」
「ばっちりばっちり!」
ピースサインを突き出すと、ケンケンは満足そうに頷いてまた雑誌を読みだした。僕はそのままキッチンへ牛乳を取りに行く。まだまだ身長を伸ばしたいお年頃だ。出来ればケンケンを見下ろしたいな、と秘かに思っている。ガラスコップに牛乳をなみなみ注いで、口をつけながらリビングに戻った。そして、ゴクリゴクリと半分ほど飲み干してから、さっきから気になっていたことを口にした。
「で、ごうちんは何やってるの?」
今更な質問だけど、聞いておいた方がいいかな~と思って。だって、ごうちんったら、リビングに入ってきた時からずっとケンケンの足元に跪いてたから。あの、ごうちんが。
「うるせえ、話しかけんな。気が散る」
不機嫌な声が返ってくるのはいつものことだから、コップを持ったまま二人に近づく。ごうちんは床に片膝をついていて、その膝の上にケンケンの足の裏が乗せられている。その白い足先を凝視しながら、ふしくれだった手が小さな刷毛を爪に押し当てている。ローテーブルには、爪やすりや透明なマニキュアの瓶が置いてある。
「賭けに勝ったから、ご褒美貰ってるんだよ」
ソファに優雅に座ったケンケンが、ピースサインをしながらニヤリと笑った。
「誰かさんがダイニングテーブルの上に、トランプ置き忘れてたからさ」
「あー!忘れてた!」
今日MooNsのお部屋に遊びに行ったときに持って行ったヤツだ。すっかり忘れてた。
「悠太がお風呂に入ってる間に、ポーカー3本勝負してたんだよ」
「ストレートフラッシュとか、イカサマだろ」
「勝利の女神が俺に微笑んだんだよ。あれは、自分でも驚いたけど」
いつものように打てば響くような会話をしながらも、ごうちんは慎重に手を動かしている。適当に済ませばいいのに。ほんと、ごうちんったら根が真面目なんだからー。とかなんとか、睨まれちゃうから言ったりしないけど。それに、ケンケンものすごく上機嫌だし。もー、やだやだ。当てられるってこういうことかなーと思いながら、牛乳をゴクゴク飲み干す。あー、おいしいっ!
「そういえば、悠太。牛乳ってまだ残ってた?」
「う~ん、3分の1くらい残ってた」
ケンケンの言葉に、牛乳パックの重さを思い出しながら答える。
「じゃあ、明日買ってこないと。剛士、トレーニングの後飲むでしょ」
「飲む」
ごうちんが短く答えて、手を止めた。どうやら、左足は終わったみたいだ。塗り残しがないか確認しているのか、ケンケンの足首を掴んで首を左右に動かしている。
こういう時ってどうすればいいのかな。2人とも何にも言わないけど、僕お邪魔だったりするのかな?う~ん。とりあえず、コップを洗ってこようかな。それから「おやすみ」って言って部屋に帰れば自然かな。
そう考えながら、視線をキッチンに巡らせた時、「うひゃあ!」とケンケンの悲鳴が上がった。
「わ!ビックリした!!」
ギョッとして振り向くと、ケンケンが雑誌で口を押えて目を白黒させていた。
「気持ち悪い声上げんなよ」
「き、気持ち悪くない!いきなり息吹きかけてくんなよ!!」
「ああ?早く乾いた方がいいだろ?」
ごうちんは呆れた声を出しながら、ケンケンの足をペチペチ叩く。
こう言っちゃ何だけど、その顔なんとかした方がいいんじゃないかな。ニヤけてるの、ここからだとバレバレだからね、ごうちん。
「おら、そっちの足寄越せ」
そう言われて、ケンケンはおずおず右足を差し出す。こういう時に変に素直だったりするから、ケンケンってちょっと抜けてる。片足だけマニキュアついてるのが嫌なら、自分で塗ればいいだけの話なのに。そうやって隙を見せるから、ほら、土踏まずを指でなぞられて、ビクンってしてる。
と、言いますか。ここは共用のリビングなんだから、(いくら僕が寛容とはいえ)そういう風にイチャつくのはどうかと思うなー……。
「もう!ケンケン!!ごうちん!!」
「悠太?」
「なんだよ」
声でけえよ、なんてごうちんの言葉は無視して、コップを2人に向けて突きつける。
「それ終わったら、今度は僕と夜通しUNOだから!はい!決定!!」
ポカンと同じ顔してこちらを見上げてくるのが面白いけど、表情には出さずにふくれっ面をしてみせる。
「2人だけでイチャイチャキャッキャッして!そーやって、僕を仲間はずれにした罰なんだからね!逃げたら針千本飲ますんだからね!!」
そう言い残して、キッチンへ走る。コップを流しに置いたら、さっそく部屋からUNOを取ってこなくちゃいけない。それから、ごうちんが眉をしかめるような甘い炭酸とケンケンが青い顔するくらいのたくさんのお菓子を持って来よう。
言っておくけど、嫌がらせじゃないよ?これって僕なりの2人にむけてる愛情のカタチなんだから!
まあ、でも。僕がリビングに戻ってくるまでに、2人がどんな顔してケンケン曰くご褒美を終わらせるかと思うと。……えへへ、ちょっと清々するよね!!
