「ただいま」と疲れた声が玄関から聞こえたのは、朝の8時。完全に朝帰りのケンケンは、リビングに入るなり持っていた紙袋をローテーブルに放り出した。
「なに、それ?」
「ドライフルーツだって」
食べていいよ。シャワー浴びてくる。
ひらりと手を振って、ドアの向こうに消えたケンケンの足音が遠ざかっていく。
僕はテーブルの上で小さいながらも存在感を放つ百貨店の紙袋へと目を向けて、それなりのお値段がするであろう中身を想像してみる。まあ、そんな高いドライフルーツなんて食べたことないから、想像するのってすっごく難しいんだけど。
「ドライフルーツ、だって。ごうちん食べる?」
「いらね」
少し前に淹れなおしていた熱いコーヒーをすすりながら、ごうちんは即答した。僕がリビングに来てからしか数えてはいないけど、飲んでいるコーヒーは5杯目で、今めくっている雑誌は7冊目。そわそわと忙しなく床を蹴っていたつま先は、さっき止まったばかりだ。
興味がないというふりをしながら紙袋を睨みつけているごうちんに呆れながら、その中身を取り出す。中に入っていた四角い箱を開けて、思わず「うわあ」と声を漏らしてしまった。正しく並んだ細い瓶の中に、カラフルな果物たちが詰まっている。それに、なんかお花みたいなのも。え、これ食べるのかな?お花だよね。
「ごうちん、見てよ。すごく高そう。お花とか入ってるもん」
「お前のその頭悪そうな感想を先にどうにかしろよ」
僕の言葉に渋々やってきた(ということにしておこう)ごうちんは、箱の中身を見て「うげえ」とカエルみたいな声を出した。
「こんなん渡してくるとか。俺、無理だわ」
「あれだよ。『健十くんお仕事で疲れてるだろうから、合間にちょっと摘まめるものでも用意してあげよう』って年上のお姉さんの心遣いなんだよ」
いつだったか、高級ナッツの詰め合わせを持って帰ってきたときにケンケンがそう言ってたし。
そう言うと、ごうちんは何とも言えない表情で「でも、アイツ。どうせ食わねえだろ」と呟いた。うん。まあ、そうなんだけど。貰ってくる贈り物が食べ物であった場合は、市販のちゃんと食べられそうなものなら僕が食べて処理するし、手作りの食べ物や食べられないものの場合はほとんどごみ袋行きだ。今までごみ袋に行かなかったものといえば、化粧品とかお気に入りの整髪料とか。前者は時々竜ちゃんに流れるし、後者は自前のスットクが切れたときように置いてあると言っていた。
ただ、本当に残念なことに、こんな風に気の利いた素敵な贈り物が出来る人にケンケンは興味がない。「俺なんかに気を使えるなんて、尊敬しちゃうよね」とか言っちゃうのだ。それで、それを聞いたごうちんが「うぜえ」とか言っちゃう。この場合の「うぜえ」は、ケンケンが『俺なんか』って言っちゃったことへ対して、「名前も知らないどこそこの女なんかのために自分を卑下してんじゃねえよ」という思いのこもった「うぜえ」なんだけど、言葉が足りてないからたぶんケンケンには伝わってない。だから、「なんだと!」「なんだよ!」といつもの睨み合いを始めてしまって……。いや、バカなんじゃないの。2人とも。素直じゃないって、ホントに面倒くさい!
「ドライフルーツって冷蔵庫に入れなきゃいけないのかな?」
中身の確認が終わって、元の位置に戻ったごうちんに聞いてみる。もちろん、どういう返事が返ってくるかはわかってるんだけど。
「知らねえ」
やっぱりね。
◆
しばらくして頬を上気させたケンケンがリビングに入ってきたので、さっきの疑問をぶつけてみた。
「ねえ、ケンケン。ドライフルーツって冷蔵庫?」
「え?ああ。夏場は冷蔵庫って言ってたかな」
とりあえず入れておけば?と言いながら、困ったように眉を下げて紙袋を見つめる。
食べないなら貰ってこなきゃいいのに、とは言わない。ありがとうなんて澄まして贈り物を貰っているケンケンが、心の中でとても嬉しがってるが何となくわかるから。僕らの中で一番の年上なのに、とっても寂しがり屋で与えられることに慣れてない子どもみたいなケンケン。そんな彼を否定したくない。だから、ナッツだってドライフルーツだって僕のお腹できちんと消化してあげるのだ。
「このお花は何だと思う?」
「フリーズドライの食用花だと思う。紅茶に浮かべたり、フレーバージュースを作ったりするらしいよ。いらないなら、竜にあげれば?」
「うーん、そうしようかなー」
竜ちゃんの方が有効活用できそうだし、食べても甘くなさそうだし。と考えている間に、ケンケンがキッチンへ向かって歩き出した。僕がドライフルーツの入っている瓶だけ持って追いかけると、冷蔵庫の扉を開けて待っていてくれた。
「どうぞ」
「ありがとう、ケンケン」
ごうちんのおいしくない炭酸水の横にドライフルーツを並べると、その不釣り合いさが面白かったのかケンケンが吹き出した。
「ふふ、なんだか華やかになったね」
「こんなオシャレな贈り物、どんな人に貰ったの?」
ばたり、と冷蔵庫を閉めながら、何気なく聞こえるように声に出す。ケンケンはパチパチと2回瞬きする間黙って、首を傾げた。それから、唇に笑みを浮かべた。
「髪のキレイな、頭のいい人だったよ」
その艶やかな声を聞いて安心する。
よかった。それ以下でも、それ以上でもない人みたいだ。
自然と張り詰めていた空気が、いつもの僕たちのものに戻っていく。
「そっかー!なんたって、高級ドライフルーツをくれるような人だもんね」
何に混ぜて食べようかなー、と言いながらケンケンにくっついてリビングへ戻ると、ごうちんと目が合った。
「コーンフレークに混ぜるとか、どうかな?ごうちん」
「どうでもいいから、早く食っちまえよ。阿修」
スペースの無駄だ、と言い切ったごうちんは5杯目のコーヒーを飲みほして、雑誌を乱暴に閉じた。
