走って来い!
ここで立ち止まったら、アズールはそのまま歩いていくのかなって思って、足を止めた。アズールのしゃんとした背中が、ゆっくり遠くなる。
ポツリポツリと降り出した雨が視界を遮り始めて、鬱陶しさに下を向く。地面にまだら模様が描かれていくのを目で追う。
ポタポタ落ちてくる水の粒が、オレの中のイヤな光景を思い出させて、感情のまま近くにあった1つの模様を踏みつけた。その拍子に両手の紙袋がガサリと揺らぐ。
例えば明日、アズールがいなくなって、明後日心変わりして。次の日に手紙が届いて、「嫌いになったから、もう会いたくない」とか書いてあったら、どうしよっか。
わがままで、守銭奴で、無茶ぶりも平気でするアズール。
泣き虫なのに、転んでも立ち上がる、負けん気の強いアズール。
目の前をフワフワ泳いで、キラキラした目で目標を追いかけて、想定した以上の対価が手に入ると稚魚みたいに喜ぶアズール。
あの日、オーバーブロットしてから、アズールはよく笑うようになった。
ずっと、オレたちの前でしかあんな風に笑わなかったのに。
悪いことじゃないはずだ。別にアズールが、急に善人に変わったとかじゃあるまいし。
でもオレは、あれからこんな風に、アズールの傍にいるのが怖くなる時がある。
オレとジェイドみたいに、ちっちゃい頃からずっと一緒にいたわけでもないのに。アズールを知らないオレだって、いたはずなのに。
ふと顔を上げると、アズールが不思議そうな顔でコチラを見ていた。足を止めて、こちらを振り返った姿勢で首を傾げている。
「どうかしましたか、フロイド」
少し張り上げたアズールの声が数メートル向こうからする。表情が分かるぐらいの遠さに、奥歯を噛みしめた。
「何でもない」
そう言って首を振った。少し掠れてしまった声は、アズールにどう届いたのか。
アズールは眉をひそめて、ため息をついたようだった。
「遅いですよ。僕らにチンタラしている時間はないんです」
アズールの2本しかない両手は、今はオレと同じように紙袋で塞がっている。
「ここまで、走って来い」
だから顎で呼び寄せられた。
「せめて、僕の目に入る場所にいろ」
なんて横暴な注文だろう。自分は動かないし、そう遠くもないのにオレは走らなきゃいけないみたいだし、手招きすらない。
だけど、それが当然だろうという顔をされて、オレは息を呑んだ。
「フロイド」
名前を呼ばれて、オレはとっさに駆けだす。向かう先で、アズールが満足げに笑った。
