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「なんで」
起き抜けに、不機嫌をありありと感じさせる低い声が降って来た。
ぼんやりとした視界で、枕元に立つ巨大な影が揺れる。一度目を瞑り、手を伸ばして眼鏡を探ると、温かい手がその手を取った。素早く指を絡められ、捕らえられる。
「……。眼鏡、取ってください」
黙ったまま、にぎにぎと手を握られる手から力を抜けば、「見えてねーの?」と返事が返ってきた。
「見えているか、いないかで言えば、見えてます」
「じゃあ、よくね」
「良くはない」
「そんなことよりさー」
「なんで」と先ほど聞いたのと同じセリフが同じトーンで、だけど先ほどより少しだけ近い距離から発せられた。
「なんでとは?」
「なんで、いねーのォ!」
「うるさい」
「早朝からなんです」と身じろいだ身体が、シーツごと長い腕の中に抱き込まれた。
「フロイド、苦しい」
「……」
「フロイド?」
「……、オレ、怒ってんだけど」
ボソリ。シーツ越しに聞こえた声は、怒っているというより拗ねているに近かった。
フロイドの体重が掛かり、マットレスが沈みこむ。さらに、縋るように両脚で下肢を挟まれてしまった。
「アズールのバカ」
やっぱり怒ってるというよりは、拗ねているな。
「折角、アズールと一緒に寝れたのに。起きたら、いねーんだもん」
ぎゅうと腕と脚に力がこもる。僕はお前の抱き枕じゃないぞ。
「一緒に寝た。という認識は、僕にはないんですが」
眠気に抗いながら作業をしていたという朧げな記憶と、目を覚ましたらフロイドのベッドの上に転がっていたという事実から推測するに、昨日の夜、僕は調べ物の途中で居眠りをしてしまったらしい。
「オレが「一緒にベッド行く?」っつったら、「うん」って返事したじゃん」
「覚えてません」
「そんなん知らねーし。言ったの!」
「まったく覚えがないです」
顎で頭頂部をグリグリと押されるので、首が体に埋まってしまいそうだ。
「じゃあ、なんで」
「なんで?」
「なんで、帰っちゃうわけ」
頭上でリップロールの下品な音がする。なんでって、そりゃあ。
「狭いでしょう」
「……。アズール、狭いの好きじゃん」
「僕は好きですけど。でも、フロイドが狭いでしょう」
ただでさえ規格外なコイツにとって、陸の寝床は狭いだろうに。そこに男二人だなんて、疲れが取れるはずがない。
良かれと思っての行動であるというのに、今度はこめかみに大きなため息が落ちてきた。
「なんでぇ? もー、バカ」
はぁ。なんでは、こっちのセリフなんですがね。
