フロアズでたちつてと - 2/6

ただいま


 

「ただいま」という言葉が好きだ。

正確には、フロイドがノックもせずにドアを開けて(これは毎回言っても直らないのでしょうがない)、「ただいまぁ」と間延びした声で帰ってくる瞬間が好きなのだ。

アイツは人に縛られるのを嫌っていて、そんな網なんて知らないとばかりに噛みちぎるような奴である。

“束縛”という言葉の反対語が“自由”であるならば、彼はまさしく“自由”の体現者である。

だから、そんな彼の「ただいま」には他の奴らとは違う意味がある。

まあ、あってほしいという僕の願望だけれど。

「ただいま」とは「ただいま帰りました」の略語であり、ということはつまり、僕は帰りを伝えられている者ということだ。

“帰る”というのは、人や物が元の場所に戻るという意味である。

つまり、何を言いたいかというと。

その言葉を聞くたびに、「愛してる」と同じくらいの幸福を感じている、ということだ。

いや、僕にとっては愛しているより価値があるのかもしれない。

僕のいる場所が、自由な彼の帰る場所の1つだと考えると、可笑しくて愛おしい。

彼がどこで何をしてきたのか、なんてわざわざ聞いたりしないし。

誰と会っていたのか、なんて意味のないことは考えないようにしている。

いつだって大切なのは「結果」だ。

何を頑張って、何を努力して、何を犠牲にして。

頑張ったから、努力したから、犠牲にしたから。

それで、すべて手に入るような優しさを、世界は持っていない。

どんなことをしようが、結果がよいなら誰も文句を言えないのだ。

All’s well that ends well. 終わりよければ全て良し。有名な戯曲家も言っている。

物事は終わり際こそが肝心で、最後にこければ全て水の泡。

過程はどうあれ、最後に笑えればそれでよいのだ。

だから、彼が僕のいない場所で笑おうが怒ろうが恋をしようが、僕の元に帰ってきさえすればいい。

その間の僕の寂しさや悔しさや恋しさは、どうでもいいのである。

そんなものはぐしゃぐしゃにしてポイッとゴミ箱行きにでもしてしまおう。

耳を澄ますと浮かれた足音が聞こえる。それからすぐに、ノックもなくドアが乱暴に開けられる。

そしてドアのことなんて気にもせず、彼はスイスイ泳ぐように僕の傍までやってくるのだ。

その2色の瞳が僕の目を捕らえて、満足そうに目を細くして。

「アズール、ただいまぁ」

「ええ、おかえりなさい。フロイド」

フロイドは今日も、僕に束縛あんしんという名の魔法をかける。

いやはや、なんと優秀な魔法士の卵だろう。