噛み痕
アズールが初めて噛んでくれと言った場所は、二の腕だった。
「噛んでください。多少痛くても我慢します」
そう言って、シーツの波間からするりと右腕をオレに差し出した。
人間になったアズールの体は白くって、髪の毛も色素が薄いから、シーツに同化してしまいそうだ。たぶん彼は白いシーツより、黒や青のシーツの方が似合う。その上で手足を動かしたら、深海を泳いでるみたいで、きっと綺麗だ。
「骨ばっているから、美味しくなさそう」
「では、二の腕を」
近づいてきた身体を抱きしめて、言われた場所に口づける。擽るように唇で啄ばみながら、アズールを窺うと、彼は少し泣きそうだった。
「泣いちゃう?」
「泣きません」
「血、出ちゃうかもよ」
噛むならここにしよう、そう決めたところに舌を這わせる。弾力があって、そんで、やわらかい。
「やっぱり噛まないで」って言われたら、今ならギリギリ止められそうだけどな、と思う。
「現実かどうか、分からないから。痛いって、嘘じゃないんだって、思いたい」
でも、アズールはそう言った。
口を開く。肉に歯を立てる。ぐっと、顎に力を入れる。
食事の時と違うのは、“噛みちぎらない”ことだけだった。
アズールの体が痛みで跳ねるのを、両腕に力を入れて押さえる。小さく呻く声がシーツの海に転がり落ちた。
「フロイド」
潤んだ声に名前を呼ばれて、顎の力を緩める。やっぱ、泣くんじゃん。
ちょっと血がにじんでいる噛み痕にキスを落として体を起こすと、ちょうどアズールの左目から涙がこぼれるところだった。頬を伝い落ちていくのがもったいない気がして、唇で奪いとる。
「もー、うそつきぃ」
このタコちゃんは泣き虫のくせに、いつも泣かないと意地を張る。
だったら存分に泣かせてやろう、といつもやる気を煽られてしまう。
「ちゃんと噛んだよ。満足した?」
「ん」
「後で怒ったり、不機嫌になったりしないでよね」
「しません」
アズールは二の腕をジッと見て、ホッと息を吐いて、「キレイな歯形だ」と言った。
それから鼻を啜る。
「それに、僕は僕に痛いことをする相手ぐらい、ちゃんと選びます」
涙目のまま不敵に笑う彼は、涎が出るほど美味しそうで困った。
あーあ。いつまでも手加減してあげられないんだけどな。
