この2人がどうしてもと言うので、僕から乾杯の前にお祝いの言葉を述べさせていただきます。
まず、この会場設営を受け持ってくださった1年生。食事の用意をしてくださった2年生。寮から2人へのプレゼントを選んでくださった3年生。ここにはいませんが、お祝いの電報をくださった4年生。皆さんへ、寮長である僕からの感謝を。
本日、彼らの誕生会を無事開くことが出来たのは、皆さんが1人1人頑張ってくれたおかげです。
素晴らしい仕事や心遣いを、ありがとうございます。
乾杯の後は無礼講ですから、皆でパーティーを楽しみましょう。
そして、先ほどから視線の五月蠅い本日の主役たちにも、僕からの感謝を。
お前たち、ちゃんと聞いていなさいよ。
……思えば、去年の誕生日は陸に上がって間もないこともありバタバタしていましたね。
初めての陸の環境に慣れるまで、覚えることがたくさんありました。人魚の皆さんには、共感していただけるでしょうが、やはり海と陸の違いは大きいですから。
去年は、初めて陸の生クリームたっぷりのケーキを買って、3人で食べました。
カトラリーの使い方も覚束ないまま、口の端にクリームをつけたまま、落ちそうになったケーキを掴んで手をベタベタにしたまま。僕たちは最初の1口を食べて、目を合わせ、「おいしい」と言いましたね。
僕は、少し食べ物の味にうるさいですが、あの日のケーキの味はまだ忘れていません。
陸に上がって不満そうだった2人の顔が、やっと海の中で見たような好意的な驚きで染まったのもちゃんと覚えています。あのケーキが美味しくて、本当によかった。
こら、まだそこにちゃんと座っていなさい!
人の話は最後まで聞け。お前らがスピーチを強請ったんだろうが。
こほん。失礼。
申し訳ありませんが、もう少しだけお付き合いください。
ありがとうございます。では、続きを。
陸と海の違いはたくさんありますが、誕生日にもその違いがあるようです。
陸では生まれてきてくれたことを、生まれた日に歳を重ねることを、お祝いするのだと聞きました。
海では、少しだけ違います。
その日を起点にするのは同じですが、理由が違う。
海では、去年の生まれた日から1年間、無事に生き延びれて良かった、ということを祝います。
簡単に言えば、死ななくてよかったね、と祝うんです。
陸で祝いの場に死の概念を持ち込むのは不躾だと思いますが、今日は人魚のお祝いの席ですのでどうかご容赦くださいますよう。
不躾ついでに海で誕生日を祝う時に使われるお祝いの言葉は、「この1年も死ななくてよかっね、おめでとう」とか「まだ生きてるなんて幸運だね、おめでとう!」とか、そんな感じです。
海の中では、死は常に隣にあり、生はいつも隣にあるとは限りません。
陸に上がってこの学園に入り、突然死ぬかもと思うことが減ったのは嬉しいことです。
生きていれば、したいことが出来、欲しいものを手に入れられます。
僕は常に思っていることがありまして。
それは、最高な未来というのは欲張りのためにある、というものです。
誰にも負けない強さは、人を出し抜いてでもこれからも生きたいと思う心に宿るのではないかと考えます。
もしそうならば、その生きたいには様々な欲が詰まっていると思いませんか。
おいしいものを食べたいから生きたい。アイツに復讐をしたいから生きたい。思いを寄せるあの人のために生きたい。明日以降もやりたいことがまだあるから生きたい。
たくさんの欲が、今日も僕らを生かそうとしてくれている。
であるならば、欲張りであることは大変結構なことです。
僕は、そこに座っている主役の2人。ええ、お前たちですよ。
僕はあの2人を、大層な欲張りだと思っています。
僕の方が、欲張り? いえいえ、そんな。あなた達に比べればまだまだですよ。
では1つ聞きますが、お前たちの欲しがる面白さというのは、どのくらいで満たされるものなのでしょうね。
面白さはマドルのように目には見えず、食べ物のように口には入らず、恋人たちが寄り添う年数のように数えられず。
その場でしか感じられず、その時の感情は後に残らない。面白かったという曖昧な記憶だけが残り、その僅かな記憶も悲しい記憶や嫌な記憶の奥にしまわれてしまう。
そんな面白さに飢えているなんて、まるで砂浜でひと粒の金を探しているようなものです。
それを常に求めているだなんて、最高の欲張りと言わずしてなんと言えばよいのか。
しかし、僕は思います。
欲張り、大いに結構!
欲をたくさん持って生きて、僕と出逢ってくれたことを、心から感謝します。
さて、今日はそんな2人の誕生日です。
そう、生まれてから今日この日まで貪欲に生き抜いてきた、最高の欲張り達の!
己の欲を満たすために強くなり、陸に上がり面白さを覚え、早いものであの生クリームのケーキを食べた日から、もう1年経ってしまいました。
ジェイド、フロイド。
誕生日おめでとうございます。
陸式に言えば、この世に生を持って、今年も1つ歳を重ねられたことを。
海式に言えば、今日まで諦め悪く生き抜いてこれたことを。
僕は、本当におめでたいと思います。
そしてどうか、これからもお前達が、その大きな欲を忘れて干からびたように死んでしまわないよう。いつもなら願いを聞き入れる側のこの僕が、願って差し上げます。
これは、大サービスですよ。
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(人魚の言葉のようで、上手く聞き取れない)
これを、僕のお祝いの言葉にしたいと思います。
では、皆さん。大変お待たせしてしまいました。
乾杯をしましょう。
ほら、2人とも、ボサッとしてないでグラスを持ちなさい。
主役が目立たなくて、どうするんですか。
……シャキッと立つ!
全く。すみませんね。
さあ、グラスを掲げてください。
ジェイドとフロイドの生まれたこの日を祝い、明日からも頑張って生き抜くとしましょう。
乾杯!
