「あ」
4。手首のスナップが少し利いていなかったようだ。目標値は5だったのに。
自然に出てくる舌打ちをそのままに、もう一度その小さな6面体を手のひらへと戻す。
5、5、5 !
念じながら6面ダイスを手のひらで6回転がし、中指の上を真っ直ぐ通るルートで卓上へ。
5、5、5 ! 来い!
コロコロ。
ガチャ。
コロリ、……3。
「クソッ」
「うげぇ。アズール、またやってんの?」
その声に顔を上げると、いつの間にか部屋に入ってきていたウツボが1匹顔を顰めていた。
「もうやめたんじゃなかったわけ?」
「……。何事も継続していかなければ、衰えていくものなんですよ」
「つまりぃ、今日はホタルイカ先輩との勝負に負けちゃったんだ」
アズール、運ねぇもんね。とコチラを指差して笑う男を睨め付ける。
「うるさい!」
「アズールの方がうっせーし。ちょっと息抜きしなよ」
男が持っていたグラスが小さな音を立てて、机の上に置かれる。ふわりとオレンジのいい匂いがする。その隣にそっと置かれた小皿には、オレンジ色のパウンドケーキが2切れ添えられていた。
「今日ジェイドが絞り過ぎたオレンジジュースの残り、全部使っちゃったけどいいよね?」
「ああ、あれですか。むしろ使っていただいて、助かりました」
何をむしゃくしゃしていたのかは知らないが、ありったけのオレンジが潰されていく様子は厨房を震え上がらせたと聞いた。「オレンジがつぶれる度に、悲鳴が上がんの。ウケる」とは、その場を見ていた片割れの証言である。急遽新鮮なオレンジジュースが、今日のおすすめドリンクの筆頭に躍り出た瞬間の話でもある。
「人参とレモン汁、あとちょっとハチミツも入れてみた」
「なるほど」
カァンと爪で軽く弾かれたグラスに手を伸ばす。傾けて、ひとくち。
「……うん、おいしいです。もうちょっとハチミツが少なくてもいいかもしれません」
「そんくらい入れた方が飲みやすいと思うんだけど」
「その辺は、好みですかね」
「う~ん。あ、でもこっちのケーキは甘さ控えめにした」
そう言いつつ目の前に差し出されたフォークを受け取る。キレイな焼き目とフォークを入れただけで分かるしっとりした感触に感心しながら、ひとくちサイズに切り取り、ぱくりと食む。
「ぅ、んまい!」
「でしょ~?」
得意げにニヤニヤする長身を目に入れてから、ケーキをもうひとくち。美味い。
「フロイド! コレ、分量控えましたか?」
「え~、忘れた」
「はぁ? お前、またか!」
商品として出せるように、レシピを書いておきなさいと言ったでしょう。と言う気持ちを視線にこめた。いつの間にか、3口目のケーキが入っているので、口の中は忙しい。本当に美味いな、これ。
そんな中、目線の先のウツボは、分かりやすく唇を尖らせて「だってソレ、アズール仕様だし」と言った。
「アズールが好きな味にしようって考えてたから、何をどんだけ入れたかとか覚えてない」
「うう、絶対売れるのに。オレンジフェア、焼き菓子は1切れ、ひとつからの持ち帰りもありにして……」
「残念~。コチラ、本日限りのイッテンモノとなっております~」
「そこをなんとか!」
ドン、と叩いたテーブルの上でダイスがコロリと転がった。偶然か必然か1が上を向いたダイスを、大きな手が攫っていく。小さな6面体は摘ままれて、弾きあげられて、手のひらで転がされて、投げやりに机に落とされた。コロコロ転がって、机の端で止まる。
途端、不機嫌な声が落ちてくる。
「覚えてねえもん。ムリ」
5だ。すんなり、5。
「どいつもこいつもぉ」
「はぁ? 何?」
「どうせお前は5ですよ、5!」
「ごぉ?」
意味わかんね、と言いながらソファーに腰を下ろした自由なウツボは、歯がすべて見えるほど大口をあけて欠伸をした。そして、ころんと横になり、「寝る」という言葉を残して動かなくなった。
僕はそのサイコロのような男を見やり、やはり同じ面を出すというのは難しいのだと改めて思う。
思うが、何とかなることもあるはずで。サイコロの1つや2つ、動きを操れないというのも悔しい。そこに転がる気分屋ウツボに比べれば、6面体などイソギンチャクを操るがごとく容易いはずなのだ。
机の端にあるダイスと手に取り、5と念じ、手のひらで6回転がし、中指の上を真っ直ぐ通るルートで卓上へ。
コロコロ、……、6。
僕はフッと息を吐き、グラスの縁を人差し指でクルリとなぞる。
「……。フロイド、人参とレモン汁とハチミツは、」
「人参適量ぉ、レモン汁ちょっと、ハチミツは気分でひと回しー」
「ですよねぇ~」
グラスに忘れられていたストローを突き差して、ジュースをズズッと啜る。
ああ、もう! 美味しいなぁ!!
