ごっこ遊び

 

二人きりの控室は珍しく静かだった。みかはジッとスマホの画面を眺めている。他にも座る場所はたくさんあるのに、いつも決まって俺の隣に座るみかは、些か変わってる。
先刻リーダーが「打ち合わせがあるから行ってくるね」と部屋から出た後、「喉が渇いたから何か飲み物を買ってくる~」と言って跳ねるように扉を開けた暉は、当然のようにたつの手を引いていた。特にすることもない俺は、テーブルの上に置かれている台本をぼんやり目に入れる。名前がわりにと言って、暉が右隅に書いた似顔絵がこちらを見てコロコロと笑っていた。
時計の秒針の音が聞こえるくらい静かな空気の中、みかのイヤホンから微かに、みかのスキな女の子(よくわからないがマミリンという名前だったはず)の声が漏れている。

「みか、」
聞こえるかどうかは気にせず、ただ目の前にいる奴の名前を声に出した。
「何ですか、モモタス」
返事はすぐに返ってきて、スマホを注視していた緑色の目が不思議そうにこちらに向けられた。
「大事な話がある」
「大事な話、ですか」
俺が口にした台詞をぼんやり繰り返しながら、みかはイヤホンを外してくるくると丸めた。そして、ちょっと待ってくださいねと言ってスマホの画面を何回かタップする。
「……はい。お待たせしました、モモタス。それで?大事な話、とは?」
「ああ。みかだけには、言っておこうと思って」
「それは、心して聞かねばなりませんね」
「俺は宇宙から来た生命体だ」
みかが、目を見張った。メガネのレンズの向こう、零れ落ちてしまいそうな瞳をキレイだと思う。みかがキレイだという俺の目なんかより、ずっと。
「そ、れは」
パチリ、パチリと瞬きを繰り返した後、みかはすぐに難しい顔をした。そしてガシリ、と少し痛いくらいの勢いで両肩を掴まれた。
「それは、モモタス。大変なことですよ。そんな極秘事項を、僕に話してしまうなんて!しかも、どうしてこんな、無防備な控室なんかで。……誰かに盗聴でもされていたらどうするんですか!」
みかは出来うる限り声を押し殺してそういうと、慎重に部屋の中を見回した。リスのようにキョロキョロと首を振るコミカルな動きが可愛らしい。それに、身動きは最小限だけれど、興奮したような呼吸は全然隠せていないのがとても可笑しいと思う。
「大丈夫だ、誰にも聞かれていない。部屋に入った時に確認したが、センサーに引っかかるような反応はなかった」
「センサー!!……ごほん。いえ、いえ、モモタス。センサーで盗聴の危機は避けられたとしても、由々しき問題がありますよ。……ここには、僕が、います」
「そうだな」
ゆっくりと確認するように吐き出されたその言葉に同意すると、みかは大げさに頭を抱えた。ぐしゃりと栗色の髪が乱れる。
「そうだなじゃありませんよ。大問題です」
「しかし、みか。俺は、みかにだけ本当のことを言いたくて、あえて今この状況で話したんだ」
「僕に、だけ、本当のことを」
「ああ」
頷いた俺の言葉に、ほう、とため息をついたみかは、ボサボサの頭を気にもせず呆けたまま俺と視線を合わせた。そして、次の瞬間には、やんわり目を細めた。
「光栄なことですね」
「そうか」
「はい」
みかは器用なことに口角を上げたまま、好奇心を隠しきれていないという顔をした。それから、そわそわと指を組んだり解いたりを繰り返す。そのまましばらく落ち着かない様子で俺を眺めていたが、我慢が出来なかったのか内緒話をするように切り出してきた。
「それで、モモタス。地球には何をしに?観光ですか、お仕事ですか。それとも、侵略ですか」
「……仕事で来ている。俺の場合は主に人間になるが、地球に住まう生き物の生態調査が仕事だ。どういう姿をしているか、どういう環境下で過ごしているのかを日々観察している。後、繁栄の仕方や個々の個体の感情のあり方なども調査対象だな」
「ハッ!もしや、その姿は仮の姿ですか?実態は恐竜やモンスターのような恐ろしい相貌をしていて、地球人にチップを植え込み遠隔操作で操っている、とか!」
「残念ながら、俺の種族はヒューマノイド型だ。地球環境へ適応するために中身を多少いじってはいるが、姿形はそれほど変えていない」
ああ、そうなんですか、と返ってきた声は随分と落胆していた。期待を裏切ってしまったことを申し訳ないと思う。俺の体に、例えば鋭い牙だとか大きな角だとか分かりやすい触覚だとかがついていれば、みかは喜んでくれたかもしれないと思うと口惜しい。
「すまない」
「いいえ、こちらこそすみません。そう悲しそうな顔をしないでください。……実を言えば、環境へ適応する際手違いがあって性別を間違えてしまい、しかし男と偽って内心ドキドキしながらアイドルライフを過ごしているエイリアン美少女!という設定も押したかったのですが。モモタスはそのままの姿でも十分魅力的なので、大丈夫です!」
……何が大丈夫なのかは、よくわからないが。みかが大丈夫というのなら良かった。
知らず固まっていた表情を解く。みかは嬉しそうにパチリと指を鳴らした。
「トゥンク!その笑顔もとても可愛らしいですよ。……しかし、モモタスはそんなに魅力値をあげてどうするつもりなんです?地球征服ですか?」
「そうだな。手始めに、みかを誘惑してみようか」
「ああ、それは無理ですよ。僕はもうモモタスにメロメロですからね」
ドロリと甘い声でみかが言った。仕事中には滅多に出さない声に少しだけ困惑する。ギラリとしたエメラルドの鈍い光に吸い込まれそうになる。目を伏せると、みかの薄い唇が目に入った。それが近い位置で、モモタス、と俺の名前をかたちづくる。
視線をあげると、みかはおどけた声で囁いた。

「実は僕も、宇宙人なんですよ」