泡
「バブルパイプ」は海の紳士の嗜みである。
それは、陸のモノで例えると煙管と少し似ている。もちろん、海の中では火が使えないのでライターは使わないが、楽しみ方は似ていると言えるだろう。
細長い筒の先を軽く咥えて吸い込めば、自分好みのフレーバーを楽しむことが出来るのだ。煙管よりいいところは、身体に害はないから稚魚でも吸って遊べるというところだろうか。
フレーバーを楽しんだ後は息とともに吹きだして、今度は気泡にして楽しむ。これも陸のもので例えるなら、シャボン玉を作るみたいな感じだ。そしてこの時、上手くバブルリングなんかを作れるヤツはイケてると注目されるし、咳き込んで細かな気泡をバラまくヤツは下品だと白い目で見られることになる。
稚魚から老魚まで、オスならみんな、上手く吸って吐き出せることに1度は憧れる嗜好品。それがバブルパイプだ。
海底の岩に腰かけて、煙管のような筒をくわえ、泡を生み出す8本脚の人魚。細く白い指が手持無沙汰にパイプを弄ぶさまも魅惑的で、ため息の出るほど美しい光景だ。
気だるげに薄く開いた唇の間から、プカリと浮き上がる気泡。薄いピンク色の膜で出来たその球体が不規則な動きで上へ上へとただよっていく。
フロイドはしばらくそれを目で追って、そしてこれでもかと口を開いて、その一つを口の中へ招いた。
そっと口を閉じると、薄い膜が口内でパチリと割れる。
ちょうど瑞々しいブドウを口にしたようにジュワリと広がる甘みと、少しの苦み。
あるようでないその味を楽しんで、1滴だって漏らさぬように飲み込んで、腹へと閉じ込める。
突いて割って、海の藻屑にしてしまうなんて勿体ないこと、誰がするものか。
「アズール」
その名前を呼ぶ。海底でぼんやりとしていた彼は、イタズラがバレた子供のような顔でこちらを向いた。
その唇がすぼまって、丸くなって、横に広がって、また丸に戻る。
見慣れた4文字の形をなぞったあと、ほどける様に笑んだ。
コポリと小さな気泡が遅れて漏れる。
(ズルいなぁ)
すごく嬉しいのに、少し苦しい。アズールが生み出す泡の味と同じように。
横を通り抜けようとしていた泡ももれなく口の中に収めて、フロイドは海底に潜るために尾鰭で強く水を蹴った。
