ドッペルゲンガー

 

ジェイド先輩のドッペルゲンガーが出ると噂になっている。
最初にドッペルゲンガーを見たと言いだしたのはオクタヴィネルの1年生で、それを聞いた同室の生徒に「フロイド先輩と見間違えたんじゃねぇの?」と呆れられたらしい。
実際、ただ歩いている姿を遠目で見れば間違えるだろう。2階から中庭を歩いているところを見るとか。
それに、先輩たちは時々互いの真似をして周りの反応を楽しんでいるらしい。そうなれば、あまり交流のない生徒はお手上げである。
ただ、その話には少し気になることがある。前述の1年生曰く、そのドッペルゲンガーのジェイド先輩は、ちょっと目を離した隙に消えてしまったのだそうだ。
いくらジェイド先輩でも、消えるのは無理なのでは。

そんな噂がどんどん大きくなっている。最初はオクタヴィネル寮内だけで囁かれていたはずの話が、1年生の間に広まり、2年生の間に広まり、ついには学園内全体に広まりつつある。
ある生徒は言う。
「目の前の廊下をジェイドが歩いてるから、踵を返したんだ。いや、やましいことはねぇけど。いいだろ別に。そしたら、振り返った先の角からジェイドが歩いて来てさ。オレの顔を見るなり、ふふふって笑うんだよ。なんかやべえ、と思って後ろを向いたら、さっき見たジェイドがいるだろ?じゃあ、笑ったのはフロイドかと思ってもう一度視線を戻したら、誰もいなかったんだよ。消えたっつーの? あれって、噂のドッペルゲンガーじゃね?」
ある生徒は言う。
「ジェイド先輩にバイトのシフトについて相談しようと探していたんです。厨房の奥でボーッと立っているから、何をしているんだろうと疑問に思ったんですけど、「お疲れ様です」って挨拶をしたら先輩は普通に返してくれました。だから、ホッとして相談を始めようとして近づいたんですけど、ちょうど調理台の角で足を引っ掻けて転んでしまって。ジェイド先輩がふふふって笑う声がするので、恥ずかしいなと思って顔を上げたら、そこには誰もいなかったんですよね。う~ん、アレがドッペルゲンガーですかね」
ある生徒は言う。
「ジェイドに声をかけられて立ち話をしたはずなんだけど、内容を全く覚えてないんだよな。アイツずっと笑ってたから、何か面白い話とかしたはずなんだけど。それに、話が終わって背中を見送ったはずのジェイドに、またすぐ声をかけられてさ。ジェイドはその日、初めてオレと話すって言うんだよ。……あれが、ドッペルゲンガーなんだろうな」

そんな噂が流れる中、ついにフロイド先輩までジェイド先輩のドッペルゲンガーに会ったらしい。
「消えるまでは、ジェイドだって思ってた」と腑に落ちないような、悔しいような顔でフロイド先輩が言う。
「やけに機嫌良いなとは思ったけど、気配も魔力の感じもジェイドだったし。でも、ちょっと目を逸らした隙に目の前から消えてた」
フロイド先輩はジェイド先輩を見抜けなかったことに、すっかりしょげ返ってしまっている。これには流石のジェイド先輩も「どうにかしないといけませんね」と真剣な顔をした。
ボクと一緒に話を聞いていたアズール先輩も、難しい顔をしていた。

「それで、何か対策は思いつきましたか?」
すぐそこでジェイド先輩にバッタリ会って、一緒に食堂に向かうことになった。
「それが、なかなか尻尾がつかめなくて」
「ドッペルゲンガーって、魔法なんですか?」
「もし魔法であれば、使った者の魔力が混じるはずですから、フロイドが察知できるはずですが」
確かに、フロイド先輩ならジェイド先輩に何か違和感があれば気付きそうだ。でも、ジェイド先輩だと思っていたと悔しがっていたし、魔法ではないのか。
「魔法じゃないとしたら、なんですかね」
「僕の細胞を使ってよくできたクローンを作り出したか、あるいは」
「あるいは?」
脚を止めたジェイド先輩に合わせて、歩みを止める。少し振り返る形になった。
ジェイド先輩は、ふふふと肩を震わせる。
「本当に、ジェイド・リーチが2人いる、とかでしょうか」
嗤った唇の間から、ギザギザの歯が見える。
「監督生さん!」
後ろからジェイド先輩がボクを呼ぶ声がする。
目の前のジェイド先輩は「おやおや、見つかってしまいました」と言って、瞬きの間に忽然と姿を消してしまった。