ときめいてる女の子

 

ふまえておきたいゆるい設定。

剛士くん
3ヶ月前にやっとこさ愛染ちゃんに告白、めでたくお付き合いを始めた。
短気で怒りっぽいけど、愛染ちゃんのことは可愛いと思ってるし、大事にしたいと思ってる。

愛染ちゃん
お胸は慎ましいながらもスラリとした美しい脚の持ち主。
不器用なのは自覚してる。時々、剛士くんがジッと自分を見たままフリーズすることがあって、ちょっと心配。

阿修ちゃん
ピンク髪=ボイン。剛士くんの幼馴染で、愛染ちゃんの親友。
愛染ちゃんの恋愛相談に乗りながら、二人の仲を面白が、応援してるよ!

愛染さんと阿修くんが女の子です。名前はそのままです。
意味もなく学生設定。

 

 

剛士とお付き合いをしだしてから、初めてのバレンタイン。恋人たちの日という世間のソワソワした雰囲気に背中を押された。どうしようかと考えて、悩んで、親友をいつものカフェに連れ込んで、相談したら。
「手作り一択でしょ」
悠太が、きっぱりそう言った。手元のメロンクリームソーダはもう半分になっている。
「でも、……剛士だよ?」
頭に浮かぶのは、ジャンクフードを口いっぱいに頬張る彼の姿だ。偏見かもしれないが、剛士って家庭の味とか手作りとかそういうのとは縁遠い気がする。ほどほどに美味いと確定しているものしか食べない、みたいな。それに、甘いものも苦手だったはずだ。
「だから、ちょっとだけ奮発して、限定のね」
「けんけん」
ちょっと低い声を出した彼女が、ソーダの上のアイスを長いスプーンで沈めた。
「手作りチョコは、男のロマンだよ」
その真剣な目に、たじろぐ。でも、という言葉が咄嗟に出て、それ以上は続かず、誤魔化すようにカップに手を伸ばした。温いお茶を口の中に入れていると、悠太は続けるように「それに」と言った。
「ごうちん、絶対喜ぶと思う」
にっこり笑う彼女は、とっても可愛い。そして、したたかだ。
ふと、初めて作った不格好なお弁当を全部平らげて「不味くはねえよ」と言ってくれた彼の、赤くなった耳を思い出した。……喜んで、くれるだろうか。
気付くと、バレンタイン前日に彼女の家にお邪魔することが決まっていた。
絶対喜ぶと思う。そんな彼の幼馴染の一撃に、丸腰だった私はまんまと止めを刺されたのだ。

カシャッと軽い音がして、振り返った。悠太がニヤニヤした顔を隠さないまま、スマホ越しにひらひらと手を振る。
「許可なく撮らないでくださーい」
「けんけんのはじめてのチョコ作りだもん。ちゃんと残しておかなきゃと思って」
「何言ってるのよ、もう」
「いいからいいから、ほらピース!」
仕方なくチョコのついた手でピースすると、またカシャリと音がした。かわいいよー、と褒めてくれる美少女に呆れてしまう。この間の日曜日にお揃いで買ったエプロンも、甘い匂いも、凄く女の子らしく、可愛らしくて戸惑いが隠せない。それに、私には似合わないと言ったのに、全然聞き入れてもらえなかった。
こんな格好、絶対剛士には見られたくない。似合わねえと言われるに決まってる。
だって、アイツはいつも、私の格好にケチをつけるのだ。お気に入りの清楚系のワンピースも、お店の人に褒められたVネックのニットも、スタイルがよく見えるように履いたスキニーパンツも。何が気に入らないのか分からないが、「駄目だ、もう着るな」と言う。いくら恋人でも、格好にまでケチつけるのはどうだろう。数少ない外でのデートを思い出しても、剛士はいつもムスッとしている。前日にあれこれ悩んでようやく決めたコーディネートにそんな顔をされたら、コチラだって当然イライラしてしまって、それが口論のもとになったりした。
後日悠太に愚痴っても、「単なる独占欲でしょ」なんて揶揄われるばっかりで、対処法も分からないままズルズルと今も悩みの種の1つになっている。

チョコどころか、お菓子作り初心者な私に渡されたレシピには、簡単☆トリュフの作り方と書かれていた。へえ、トリュフって簡単なのか、というのが感想だった。だって、高級な感じがするし。名前とか。
剛士が甘いもの苦手なのとはちょっと違うけど、私もあまり甘いものを好んで食べるほうじゃない。だから、お菓子には(とりわけ作り方なんてものには)とことん疎かった。生クリーム増量、シロップたっぷりよりも、ヘルシー、糖質ゼロの方が魅力的な言葉だと思う。
そのトリュフとやらの作り方は、悠太の説明では、混ぜて、冷やして、丸めて、冷やすだけ!らしい。いやいや、絶対もっと難しいでしょ。でも、レシピにはお子さまでも簡単に作れる!と書いてある。そんな馬鹿な。
さあ、作るぞ!となった時、悠太に「今日は包丁を使わないからね」と言われた。お弁当を作った時に、傷だらけの指を見て大騒ぎされたのを覚えているから、素直に「はぁい」と返事をしておく。そう言えば、剛士も絆創膏を見て固まっていた。あれは、心配してくれていたのかな。
厚いビニール袋にチョコを入れて細かくするために綿棒で叩きながら、まさか剛士も今回はこんな力強い作り方をしているなどとは思うまいと苦笑した。

ガンガン、派手に音を立てながら潰したチョコをボウルに入れたら、今度は沸騰させた生クリームを入れるのだそうだ。隣でガトーショコラを作っている(女子力の差!)悠太に鍋の場所を教えてもらって、分量通りの生クリームを火にかける。
「悠太は、誰にあげるの?」
「えーと、けんけんとー、りゅうちゃんとー、双子ちゃんとー」
ウィンウィン、ガガガ。とメレンゲを泡立てながら、女の子の名前があがっていく。友チョコなのか、と思いながら相槌を打っていると、いきなり悠太がアッと声を上げた。
「けんけん!」
「え!は、はい!」
「大丈夫だよ!ごうちんには絶対あげないから、安心してね!」
そういうつもりで聞いたのではなかった。ただ、トリュフに比べると格段に気合の入っているように感じるソレが本命用なのかと思っただけで。そんな男の子が身近にいたのかと、ちょっと思っただけで。
「は、えっ、ちが、アツっ!」
だけど、悠太の言葉に動揺していては、なんだか悠太を疑っていたみたいじゃないか。
そう思って言葉を返そうとした私の手が、ちょうど鍋のふちにぶつかってしまった。きっと親友を疑ってしまった罰が当たったのだろう。チリッとした痛みに手を引っ込める。
鍋がグラつかなかったのを目の端で確認して安心するより先に、悠太が駆け寄ってきた。素早く火を止めると、「水!」と叫んで、水道水をドバドバ出して私の手をそこに突っ込んだ。
「いたい?けんけん、いたい?」
「だ、大丈夫だよ。ちょっとかすめただけだし」
「ほんとにほんと?痛くない?」
泣きそうな親友を見て、やっと火傷をしたのかと思い至った。少しジンとしているが、痛いと声にするほどでもない。素早く動いた悠太に驚いたけれど、彼女のおかげで痕も残らないと思う。
「ほんとにほんと。痛くないよ、ありがとう」
私の間抜けさが招いたことなのに、こんなに心配されると面映ゆい。冷やしていない手で彼女の頭を撫でると、緊張していたのかフッと力が抜けたようだった。
十分冷やし終わった後、悠太がタオルを手渡してくれながら、
「危ないよお、ごうちんに殺されちゃうところだった」
なんて言うから、ずいぶん大げさだなあと笑って返した。

あの後、悠太に監視されながら、チョコレートを混ぜて、冷やして、丸めて、冷やした。仕上げにいろんな粉を振って、やっと作り終わったと息を吐いたら、隣では美味しそうなガトーショコラが焼き上がっていた。魔法か何かだろうか。いつの間に、と尋ねたら、悠太は「こんなの材料を混ぜて、型に入れて、焼くだけだよ」と言った。
嘘だ、絶対そんなわけない。
「ラッピングはどうするか決まってるの?」
「えっと、箱に入れようかなって」
エプロンとチョコの材料は一緒に買ったけれど、ラッピングに必要なものだけは別々に買おうと言ったのは私だった。手作りチョコだなんていっても作る過程で失敗するかもしれない、と思っていたのも理由の一つ。それから、もう一つ。凝ったラッピングなんてできそうもない、という思いからだ。私だって、リボンをふんわり巻いてみたりとか、映えるように透明な袋に入れてみたりとかやってみたいのは山々である。でも、たぶん、無理だろうと思った。なにせ、私は自他ともに認める不器用だから。それに、剛士はそういう外側の気配りというかオシャレには興味ないし。
とにかく、そうならばせめて、剛士らしいラッピングをしてあげたかった。シンプルに、かっこよく。それを悩んでいるところを悠太に見られるのが恥ずかしくて、ラッピングコーナーの前で一旦解散したのだった。
で、選んだのが。
「おお~、渋いね」
深紅の和紙で覆われた、細長い四角い箱。
「大きさ、これでいいかな」
「うん、ちょうどいいよ。あ、トリュフはこれに入れてからね」
悠太の言葉にキョトンとすると、トリュフを入れるカップを手渡された。そうか、直接入れるんじゃないのか。箱に気を取られすぎて、買うのをすっかり忘れていた。
「黒で良かった?」
「あ、うん。何から何まで、ありがとう、悠太」
普段はほわほわしているのに、目の前でくすぐったげに笑う彼女は、時々私よりずっとしっかりしている。自慢の親友だ。
「けんけんは可愛いね」
「何言ってるの。悠太の方がかわいいよ」
ええ~、だってぇ~。とチョコレートのように甘い声を出して、彼女は私が出した箱を指さした。
「それ、ごうちんの目の色でしょ?」
……やっぱり分かるだろうか。かあっと頬に熱が集まる。それを見て、悠太がほら可愛い!とはしゃいだ。
「絶対喜ぶよ!」
「そうだといいなあ」
2人でそう言いながら、ラッピングを終え、余った時間で不格好な失敗作を食べた。
簡単☆トリュフを2回作り直したのは、絶対に秘密だ。悠太にも絶対に言わないでねと約束させたから、剛士に伝わることは一生ないだろう。
それにしても、恋する女の子は大変だ。チョコ一つ作るのに、こんなにドキドキしなきゃいけないなんて。悠太のまるく膨らんだ頬を見ながら、甘い甘いカロリーの塊を口に入れた。それから、チョコのように溶けた弱音が口から出てこないように、コーヒーで流し込んだ。